前田慶次の自腹でお城めぐり 【第17回】凸吉田城(愛知県) 前編~意外と大きいんじゃ~

お城に関する豊富な知識を持つ「名古屋おもてなし武将隊」の一員・前田慶次様が、全国のお城を実際にめぐりながら歴史・特徴・魅力を解説。今回は、姫路城の改築で有名な池田輝政が大改修を務めた吉田城(愛知県豊橋市)の前編。三之丸にあたる豊橋公園から進軍した慶次様が、立派な鏡石や盛土された土塁、さらに大規模な内堀や高石垣など、東海道の重要な拠点であり出世城と呼ばれた吉田城のスケールと見どころを余すところなく紹介します。

皆の衆、我こそは名古屋おもてなし武将隊天下御免ノ傾奇者前田慶次である。

此度(こたび)城びとと同盟を結び、此の前田慶次が連載を持つ事と相成った。
先ずは、名乗りを上げよう。

前田慶次

 前田慶次齢四八十歳。戦国の世では天下御免ノ傾奇者として名を馳せ申した。現世に蘇りは名古屋おもてなし武将隊の一角として、名古屋城を拠点に名古屋を世界一の観光都市にせんが為、日々戦働きに勤しむ。

演武といったパフォーマンスなるものを披露し、電波放送戦(テレビやラジオ)は常戦番組(レギュラー)を持ち、全国各地に遠征を繰り広げる。
結成十三年目を迎え、全国の武将隊の先駆けとして日ノ本を代表とする武将隊である。
して、儂前田慶次は現世に蘇り歴史の語り部として多くの戦に出陣して参った。

伝統芸能を伝える舞台出陣、歴史学者との対談、寺子屋(学校)での歴史授業。
名古屋城検定名誉顧問に叙任され、検定過去最高得点を叩き出す。
日本城郭検定にも挑戦し合格。
日ノ本が誇る歴史文化をより多くの者に伝えるべく、此度から城びとでの連載を始める次第。

題して
 
前田慶次の自腹でお城めぐり、犬山城

【前田慶次の自腹でお城めぐり】

他の連載と何が違うのか!?

・現世に生きる戦国武将自らが感じたことを紹介!
・傾奇者による城郭魅力度数値化!
・城巡りの手引書(案内)となる!
・地域の特色を織り交ぜ、観光が楽しくなる!
・イケメン(前田慶次)が見れる!
・要点を抑えた紹介!
・兎に角分かりやすい!

全国の城に直接己が足で出向き、城の見方、歴史を伝え、
其の城の傾き所(見所)や天守閣、男前田度(イケメン)を前田慶次の独断で評価する。
歴史初心者から玄人まで楽しめる、国宝連載となっておる。

ただ城を巡るのではなく! 儂の金子(金)で城に登城する。つまり限られた金子で巡る
旅の道中劇にも注目してもらいたい!!
また巡り方については、王道の道順を歩む故に参考にすると良い。。

吉田城 城郭の魅力度を数値化

前田慶次、吉田城
 
東海の城では天下人の城に匹敵する規模!

前田慶次、吉田城

【基本情報】

城郭構造:平山城
主な築城者:牧野古白(主な改修:池田輝政)
築城年:永正2年1505
廃城:明治4年1871
指定文化財:吉田城跡

【歴史】

今川時代
1505年、今川氏親の命により牧野古白が築城。西三河の松平氏の侵攻に備える為!
今川と松平による攻防の拠点となる!
 
松平時代
桶狭間の戦いで今川義元が討たれた事で、弱体化した今川を松平(徳川)家康が攻略!
 
酒井忠次の守備
徳川家康は吉田城の城代に重臣・酒井忠次を任命!
1582年には武田軍が吉田城城下まで押し寄せるが、忠次が守り抜いた!
 
池田輝政が大改修
1590年、家康が関東に転封。
池田輝政が入城し城下町の大改築だけでなく、吉田大橋の架け替えを行い11年に渡り整備!
関ヶ原の戦い以後に輝政が姫路城に入城した為、輝政の統治下で完成しなかった!
 
江戸時代
東海道の重要な拠点として発展し、
歴代城主は老中、大坂城代、京都所司代などに選ばれた事で出世城と呼ばれる!
 
■最近の出来事
太平洋戦争後は、公園として整備され鉄櫓が模擬再建された!

前田慶次、吉田城

前田慶次、吉田城、名鉄名古屋駅

【名鉄名古屋駅】

此度の城びとで巡って参るのは、前回の西尾城に引き続き三河の中心的な城「吉田城」である!
今川、武田、徳川が争った城であり、我が親戚池田家が大改修した見所多い城郭也!
また、豊橋は名物も多いと聞く故に食も楽しめそうじゃ!

名古屋の玄関口名古屋駅は名鉄から出陣して参る!
そして、我が残金は41132円!
質素倹約に努めながら此度も城巡りと観光を楽しんで参るぞ!

前田慶次、吉田城、名鉄名古屋駅

鉄籠は電車で1140円也!
名古屋駅から一番端に宿駅を構える豊橋は
正に東海道の守りを固めた要であったことが、現世の路線からも伺える!

前田慶次、吉田城、路面電車

【豊橋駅】

豊橋駅着陣!!
次に乗車するのが路面電車という鉄籠である。此処で問題が!

陣営「乗り換え迄の時間があまりありません」
慶次「何? 事は急を要する。急ぐぞ!!」

という事で豊橋駅に降りた写し絵が無く、路面電車もギリギリ乗り込む事ができた状況じゃ!
驚いたのは。かの有名な「ブラックサンダー」と呼ばれし甘泥菓子の装いでできた路面電車ぞ。
ブラックサンダーは豊橋名物故に、この仕様と聞き申した。

前田慶次、吉田城、路面電車

前田慶次、吉田城、路面電車

町の景観を楽しんでおったらば、「市役所前駅」に着陣!
吉田城は駅から目の前のようじゃ。因(ちな)みに目の前にある建物は豊橋公会堂である。
では、行軍して参るぞ!

前田慶次、吉田城、三之丸

【豊橋公園は三之丸?】

公会堂を抜けて参ると豊橋公園が御座る。
公園を抜けると吉田城の鉄櫓があるようじゃ。
して、この公園怪しい。

慶次「公園の虎口? にしては、両端共に石垣が積まれておる。これはもしや…」

前田慶次、吉田城、三之丸

【三之丸口門跡】

発見! 公園内から三之丸のようじゃ。
東海の巨城名古屋城駿府城に次いで広大なだけ御座るな!
故に公園虎口であるが、嘗(かつ)ての名残りを感じさせる造りになっておるのか。
※大手門跡は更に南に下った場所に御座る!

前田慶次、吉田城、鏡石

【鏡石】

鏡石も御座る。中々の大きさを誇る鏡石であるな。
三之丸の大手は正面故に、登城者に見せつける為に斯様(かよう)な大きな石を我等は積んだのじゃ!
石垣のある戦国末期の城であれば、大体御座る故に探してみてちょーよ!

大きければ大きい程、見る者を圧倒する! 此れを人力で山や川から当時は運んだものじゃ!
吉田城の鏡石は恐らく池田輝政の時代に築城したものではなかろうか。
三之丸あたりを大きく改修したと聞くし、江戸時代以降であると
石垣改修等は幕府の許可が必要で謀反の疑いを掛けられる故に難儀である。

前田慶次、吉田城、案内看板

【見所を押さえる】

三之丸(豊橋公園)入ってすぐに案内看板が御座る!
嘗ての歴史についても記されており、色付きで当時は何があったのか、非常に分かり易いものとなっておる!
これを見ると、橙色が吉田城。緑色になっておる所が武家屋敷である!
ほんのり赤い部分が寺社となっておる! 水色は無論、堀である!

吉田城を攻める場合は北側は大きな川(豊川)が流れており水軍による侵攻しかできぬ故に、北は難儀。
となると、東西南のみとなるが、西と南に寺社を多めに配しておる故に東へ敵を誘導させる戦法やもしれんな。
南は大手で正面。東側の方が曲輪が広くなっておる!
嘗て、武田軍が城下迄攻めて参ったがこの辺りまで来たのかもしれんのう。

また、城内は土塁や堀をかなり多く配して隅櫓もしっかり備えておる。
此れは攻めるのに中々難儀するのう。

前田慶次、吉田城、案内看板

隣の案内看板は吉田城に拡大したもので、遺構等も写真付きで簡単な解説があるぞ!
此れを見ると吉田城には隅櫓を含めて櫓が9基存在したことが分かる!

慶次「特に本丸周りは厳重に隅櫓が配しており、
天守で例えると連立式天守の如き重厚感を感じる。
此れは百姓からすれば戦陣切って攻める気が失せるであろう」

吉田城、太鼓櫓

【太鼓櫓】

公園に入ってすぐ気になったは
慶次「門に石垣があったということは、土塁で盛土されておるのではないか?」
という事で、盛土らしき場所を歩み進めると目の前に太鼓櫓跡が御座った!

つまり、三之丸の虎口である「丸口門」から入城してきた敵を攻撃する拠点であったという事が分かる!
して、太鼓櫓故に城内に伝令する大事な連絡をする櫓でもある!

前田慶次、吉田城、盛土

盛土を登り続ける!
※公園に入っていきなり端を歩いている状況。城巡りの猛者達あるある。

前田慶次、吉田城、土塁

土塁の全体図である。公園に整備した時に土塁の最中にも植生したようじゃな。

前田慶次、吉田城、土塁

登り切った景色は目の前に街道は道路である!
元は堀であったが埋め立てて道路になったようじゃ。

つまり、今でこそこの土塁は高さをあまり感じぬかもしれぬが、
嘗ては堀と土塁の構えで登るのは容易ではない!
また、太鼓櫓もあったわけだで正面の守りは厳重であった!

慶次「こんな具合に鉄砲や矢で狙撃するわけじゃ!」

遺構も残っておるようだで、隈なく見て回ろう!

前田慶次、吉田城、二之丸

整備された公園内を見渡しながら本丸へと向かう。
二之丸へいつの間にか入っており、公園が恐ろしいのう。
すると行き止まり?

前田慶次、吉田城、内堀

ではなく、本丸と二之丸の間は内堀が御座った!
そうとう深さがあるぞ!

前田慶次、吉田城、内堀

中に降りることも出来申した!

前田慶次、吉田城、内堀

内堀の碑も御座った。内堀は他の場所に比べて状態が良い!
先述したが本丸周りは隅櫓で強固に守られておるが、
見事な内掘もあって今川や松平時代から築かれたものであろうか?
 
前田慶次、吉田城、高石垣

隣は石垣となっておる故に恐らく池田家の築城したものであろう。高さも中々。
池田輝政は吉田城を改修築城してから、あの世界遺産姫路城を改修しておる故に、此処での経験が活かされたのであろうな!
算木積みがまだ無い時代に、この高さは簡単に出せるものではない!

堀の中で大興奮の儂であったが二之丸を全く見ておらん故に二之丸に戻る!

前田慶次、吉田城、二之丸

二之丸へ戻ると、公園内に不思議な盛土をされたような膨らみを発見!

慶次「此れは確実に何かの跡じゃ!」

前田慶次、吉田城、着到櫓

【着到櫓跡】

二之丸の隅に配された着到櫓であるが、軍の集結や馬揃え等を見る為要素がある!
故に公園内に不自然に盛土されておるわけじゃ!

して、ちと疑問に思ったのは盛土が残されてはおるが意外と狭い。
どのくらいの規模の櫓であったのか。実際はもうちいとだけ規模も大きかったのではなかろうか?
現に盛土された周りは現世の石積みで補強されておった。

二之丸にはまだまだ跡があるみたいだで巡って参るぞ!
と言ったところで此度の記事は此処まで!

次回の記事も楽しみにしてちょ!

以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 名古屋城検定名誉顧問 城びと連載人
前田慶次郎利益

凸伝令

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執筆・写真/前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)

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