私が訪れた時は吉田城址石垣修復工事が行われていて、一部の石垣は見れませんでした。もう工事は無事おわったのかなあ?
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2026/01/03 17:59
2025/12/28 17:03
鉄櫓と本丸 (2025/11/25 訪問)
吉田城は、豊川・朝倉川を背に本丸を中心とし二の丸、三の丸を配置した半輪郭式の後堅固の城で最も外側にある総堀(今は残っていない)が取り囲む範囲は東西約1400m、南北約700mにも及んでいたとされています。
1590年に池田輝政公が15万石あまりで吉田城に入城すると大規模な整備拡張を実施し、南から西にかけて拡張、また本丸に石垣を積み上げ強固にし、三基の三重櫓と一基の二重櫓を備え、さらに堀を二重・三重に巡らせました。
現在の鉄櫓は、1954年に模擬隅櫓として鉄櫓台の石垣の上に鉄筋コンクリートで建てられ、内部は資料館となっています。また、本丸周辺の石垣には刻印石がありますが、これは名古屋城築城の際に使用されるはずであった石が使用されず、採石場に取り残された石を使用しているためとされています。
しんちゃんさんの投稿にある本丸南多門跡の石垣の前にある「山田」と記された刻印石は、徳島藩主・蜂須賀至鎮公家臣に関連する石で、名古屋城築城の採石地として用いられた蒲郡市西浦町でとれ、名古屋城を築城する際には用いられず採石地に残されていたものを、吉田城改修の際に石垣に使用されたとされています。
自分にとって吉田城鉄櫓は、西に遠征し帰ってきた際に豊川橋の上から見る鉄櫓を見て、豊橋に帰ってきたと実感でき、模擬櫓ではありますが、どこから見てもcuteで愛着がある櫓でとっても気に入っています。
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2025/10/24 09:19
空にそびえるくろがねの櫓 (2025/09/28 訪問)
戦は弓・槍・刀が良いですな。
戦艦大和やタイガー重戦車も良いですが、この間には境界線を引いときたい。現在アプリで絶賛合戦中です。
イオさんが設楽原古戦場のレポートをされてますね。私は「東三河を歩こう」というサイトを参考に三河各地を回りました。東三河の名所や城跡、神社仏閣などを詳細に紹介しているサイトです。長篠・設楽原周辺のことも詳しくのっているんですよ。
楽しいですね古戦場めぐり・・。大河ドラマなどでははしょられ気味ですがもっとねちっこくやってほしいですね。長篠城を廻っていて、なんとなく鳥居強右衛門の可動フィギュアが欲しくなってきました。グッドスマイルカンパニーあたりがfigmaで出さないかな~「走る強右衛門」「泳ぐ強右衛門」「磔にされる強右衛門」「脱出する強右衛門」とか・・なんかステマぽくなってきた。
吉田城鉄櫓は夏場は見学時間は極端に短いようです・・こまったものだ。私はいつでも散歩できるが遠方から来た人は一度は入って見たいだろうに。鉄櫓が閉まっている間は続百名城のスタンプは三の丸跡のある豊橋市役所の展望室(東館13階)に設置されているようだ。たしかエレベーターが設置されているはずなので困った際にはこちらまで。
本丸の四方には櫓が設置されていて石垣も残っています。昔は石段で石垣の上を自由に歩けたのだが、今はどこも封鎖されている。ちょっと残念だ。
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2025/10/23 20:21
吉田城本丸 (2025/08/28 訪問)
吉田城は地味です。
続百名城にも選ばれているし、東海道の要の城の一つでもあるから城域も広い。石垣や土塁、堀も残っている。でも浜松城や岡崎城に比べるとどうしても地味な印象が有る。天守が無いからね。
アリーナが出来たら吉田城周辺の駐車場も埋め尽くされてしまうだろう。訪問するなら今のうちですぜ?
相変わらず豊川に近すぎる本丸が気になる。ちょっと無防備じゃないかな? 東と西に枡形が築かれていて、それなりに防御力が高いが川から攻められると弱そうだ。ちなみに本丸御殿は宝永4年(1707)の地震で倒壊し、たぶんそのあと建てられていない。そう思うと石垣と櫓でぐるりと囲まれた本丸が大きな枡形に見えて来た。うっかり本丸に飛び込んだら四方八方から矢が飛んでくる。いたたたた・・
実際は藩主は二の丸に住んでいたから、本丸が空っぽでもそんなに問題は無い。
江戸時代初期は大砲などは、ほぼ普及して無いので近世城郭の存在意義は有ったけど、幕末になってくると射程3.1kmのアームストロング砲や2.5kmの四斤山砲などが現れてくる(記憶で書いているので詳細の差異はご容赦を)。
こんなものが出てくると城郭も大砲陣地としての意味合いが大きくなって来てなんとも味気が無い。やはり戦は弓・槍・刀で戦うのが一番だ。火縄銃まではギリOKだ。
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| 城地種類 | 半円郭式平城 |
|---|---|
| 築城年代 | 永正2年(1505)? |
| 築城者 | 牧野成時 |
| 主要城主 | 牧野氏、戸田氏、小原氏、酒井氏、池田氏、竹谷松平氏、深溝松平氏、水野氏、小笠原氏、久世氏、本庄松平氏、大河内松平氏 |
| 近年の主な復元・整備 | 池田輝政 |
| 主な関連施設 | 模擬鉄櫓、石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 曲輪、石垣、土塁、横堀 |
| 住所 | 愛知県豊橋市今橋町他 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 豊橋市産業部観光振興課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0532-51-2430 |