2022/08/08
前田慶次の自腹でお城めぐり 【第15回】凸伊賀上野城 後編~伊賀の文化を知れ~
お城に関する豊富な知識を持つ「名古屋おもてなし武将隊」の一員・前田慶次様が、全国のお城を実際にめぐりながら歴史・特徴・魅力を解説。今回は、築城名人・藤堂高虎が大規模な改修を手がけた伊賀上野城(三重県伊賀市)の後編。天守内部や城下町をくまなく探索しながら、現代に伝えられている豊かな伊賀の文化を紹介します。
▼前編はこちら
【第15回】凸伊賀上野城 前編~藤堂高虎の工夫~
皆の衆、我こそは名古屋おもてなし武将隊天下御免ノ傾奇者前田慶次である。
此度(こたび)城びとと同盟を結び、此の前田慶次が連載を持つ事と相成った。
先ずは、名乗りを上げよう。

前田慶次齢四八十歳。戦国の世では天下御免ノ傾奇者として名を馳せ申した。現世に蘇りは名古屋おもてなし武将隊の一角として、名古屋城を拠点に名古屋を世界一の観光都市にせんが為、日々戦働きに勤しむ。
演武といったパフォーマンスなるものを披露し、電波放送戦(テレビやラジオ)は常戦番組(レギュラー)を持ち、全国各地に遠征を繰り広げる。
結成十三年目を迎え、全国の武将隊の先駆けとして日ノ本を代表とする武将隊である。
して、儂前田慶次は現世に蘇り歴史の語り部として多くの戦に出陣して参った。
伝統芸能を伝える舞台出陣、歴史学者との対談、寺子屋(学校)での歴史授業。
名古屋城検定名誉顧問に叙任され、検定過去最高得点を叩き出す。
日本城郭検定にも挑戦し合格。
日ノ本が誇る歴史文化をより多くの者に伝えるべく、此度から城びとでの連載を始める次第。
題して
【前田慶次の自腹でお城めぐり】
他の連載と何が違うのか!?
・現世に生きる戦国武将自らが感じたことを紹介!
・傾奇者による城郭魅力度数値化!
・城巡りの手引書(案内)となる!
・地域の特色を織り交ぜ、観光が楽しくなる!
・イケメン(前田慶次)が見れる!
・要点を抑えた紹介!
・兎に角分かりやすい!
全国の城に直接己が足で出向き、城の見方、歴史を伝え、
其の城の傾き所(見所)や天守閣、男前田度(イケメン)を前田慶次の独断で評価する。
歴史初心者から玄人まで楽しめる、国宝連載となっておる。
ただ城を巡るのではなく! 儂の金子(金)で城に登城する。つまり限られた金子で巡る
旅の道中劇にも注目してもらいたい!!
また巡り方については、王道の道順を歩む故に参考にすると良い。。
凸伊賀上野城 城郭の魅力度を数値化

築城名人藤堂高虎が築いた高石垣は日本1、2を争う!

【基本情報】
城郭構造:平山城
主な築城者:筒井定次
築城年:1585年
廃城:1871年(明治4年)
指定文化財:伊賀上野城跡(国指定史跡)、俳聖殿(国の重要文化財)、天守(伊賀市指定有形文化財)
【歴史】
■仁木氏館時代
かつて伊賀上野城の場所には足利家の血筋である仁木氏が館を築いた。
■筒井定次が改修
1584年、小牧長久手の戦いにて脇坂安治(洲本城城主、秀吉様のお気に入り)が伊賀上野城の前身を落城! 翌1585年、筒井定次が改修工事を行う。
■築城名人藤堂高虎が改修するが…
1611年、徳川家康の命によって藤堂高虎が拡張! 大坂の陣で豊臣家が滅んだ為、築城が途中で中止となり、未完成のまま完成を迎える! 現在見所となっている「高石垣」はこの時に築城された。
■津城の支城へ
伊賀上野城より交通の利便性が良い津城が本城に。藤堂高虎の弟が城代となり、最後の城主まで藤堂家が伊賀上野城を守った!
■最近の出来事
2006年、日本100名城に指定。



【天守内部】
遂に伊賀上野城天守迄やって参った。圧巻の入口に儂も大興奮じゃ!!
玄関から見所が御座って、天に目線を移すと『格(ごう)天井』となっておる。
我等の時代は『天井』を見るだけでその建物、部屋の格式が分かるように造っておる。
此の格天井は格式が高く大名の証と言って良いじゃろう。
他の城郭や古き建築物を見る時には天井も参考にするが良い。
天守の場合は大体階層が上がれば天井も豪華となっていく故に違いが分かり易いぞ!
して。目の前には藤堂高虎の当世具足(甲冑)が展示されており
伊賀上野城城主たる威厳を見せつけておる!
変わり兜が特徴的であるが
藤堂高虎は戦場において武功も挙げており勇猛果敢な武士であった為、
目立つ変わり兜を好んでおった!
一階は展示物が立ち並ぶ!

藤堂高虎と申せば此の変わり兜!
此れは『豊臣秀吉』様から下賜された唐冠形兜(とうかんなりかぶと)(変わり兜)である。
徳川家康様から築城名手として、江戸城を始め多くの城郭を築き重宝されたのは知る者も多いと思うが、
秀吉様からも大切にされておった。
藤堂高虎に関しては可愛がられるというよりも、圧倒的実力で側に置きたかった武士の一人。
天下人から重宝されるのは滅多に無きことである!
子孫の者から寄贈され現在は三重県指定文化財となっておる。


【縄張】
嘗(かつ)ての縄張も展示されておる。
此れを見て気付いた者は『尾張人』!!
名古屋城の縄張にどえりゃー似ておる事が分かるじゃろ?
して、名古屋城はこれに改良を加えた事も。
双方共に北から攻めるのは地理的に難儀。その場所に本丸を構え築城。
基本は南の大手門のみ侵入可能な造り。
三の丸は優秀な家臣団の武家屋敷を配し、門より南は町人町を形成。
城下町の発展も考えた構造が何とも藤堂高虎らしい。
伊賀上野城が弟で名古屋城が兄貴分のように紹介できようぞ!


【嘗ての建築物】
図面にて嘗て存在した建築物の姿を見る事が叶う!
<西大手門>
伊賀上野城は西と東に大手門を構える。
両大手門共に枡形門造りで櫓門は長さ21間の巨大櫓門であった。石垣は2間程の高さ。
西大手門は明治に入ってから倉庫として利用されたそうじゃが、後に解体され申した。
<櫓>
平櫓が多いようじゃが、二重櫓も御座る。
このように嘗ての図面と写し絵がある故に、後に復元できる可能性がある!
是非元の姿を見たいものであるが、大手門は現在町であるし、駅近くという事で中々難儀しそうじゃがな。

伊賀上野城の高石垣を美術作品として昇華させたものが展示されておった!
慶次「我が屋敷に置きたい品である」

登って参る!
先程見たように天井に注目!
『小組格天井』(正方形の中に更に細かい正方形を取り入れた)となり格式が高まっておる!
最上階が楽しみじゃ!

【折上天井絵】
驚いたことに最上階は折上(おりあげ)天井絵となっておる。
隅を見ると湾曲しておろう? 此れが折上げである。
格天井の中に絵が認められておる。
天井絵は最上の格式と言える。
此れは近世で活躍した美術家・政治家の色紙が46枚も飾ってあるそうじゃ。
流石別名、伊賀文化産業城!
儂等の時代であれば、茶人や歌人の花押を飾るようなものか!

【天守からの眺め】
見事な景観の一言に尽きる。平山城に立つ天守は眺めが誠に良い。
嘗ては5重の天守であったことも考えれば敵の侵攻も一目瞭然であるのう。
大坂の陣に備えておった為、いち早く察知する事が伊賀上野城の役割!
城郭の役割とは合戦だけに非ず、様々な役割がある中で伊賀上野城は先陣を切って徳川を守る城であり、
文化産業を伝える特別な城である。皆も此処まで登って想いに馳せてみよ。
天守を下城し、藤堂高虎時代以前の筒井家時代を知りに参る!

天守の目前には石段でちと丘になっておる部分がある。此処が城代屋敷があった場所。
今は嘗てあったことを伝える看板があるのみであるが、中々な大きさを誇っておるぞ!

慶次「いらっしゃい!」
儂が座っておるこの区画が車寄せは玄関に当たるのじゃ!!
目の前の図面を見て分かる通り大きな屋敷であろう?
慶次「まぁ儂の屋敷の方が大きいがな! ワッハハハハハハ」
して。この屋敷跡の搦手(裏手)に筒井家時代の天守跡があるそうじゃ。参るぞ!

まさかの草木に突入。手前に雁木(階段)がある故に間違いない!
(道の様に見えんかもしれんが、道なんじゃ!!)

御座ったーーーーーー!!!
筒井家時代の天守跡!
嘗ては此処に三重の天守があったとされる。
現在は竹林に囲まれて天守があったのか?
疑問であろうが、此処を取り壊し藤堂高虎が現在の方に天守を移した!
続いては、童も楽しめるあそこよ。
伊賀と申せば…

【忍者博物館】
にんじゃーーーーーー!!!!
という事で伊賀上野城内に御座る忍者博物館へやって参った!
此処では、忍者に関するあらゆる体験が叶うようじゃ!
儂も近江生まれ(甲賀)として名に恥じぬ体験をして参る!


【からくり忍者屋敷】
忍の案内人が屋敷に隠されたからくりを実演で教えてくれる何とも愉快な体験!
隠し扉、隠し階段、武器隠しなどなど。
儂は無論全て見破ったが、現世の者にはちと難儀で驚くやも知れんぞ!?
一緒に参加した童は大興奮で御座った故に、一族での参加が楽しいやもしれんぞ!!
他にも忍者資料館で学び、手裏剣打ち体験、実演の演武(ショー)も御座る!
時を事前に確認して見てみよ!
忍者と戯れた故に腹も減った! 城下町へ参るぞ!

伊賀上野城を下城し城下町を目指して南下。
駅から出陣した此度の連載。駅すぐ側に東大手門跡が御座る。
本来はここから城内となるし、嘗ては櫓門で枡形門造りであった巨大な門が守っておったのじゃ!
ここより更に南へ。

南へ南へ歩む。

【入交家住宅・武家屋敷】
江戸時代の武家屋敷の大半は藩が所有し、藩士に貸し与えたものである。
入交家(いりまじりけ)住宅は、寛政(1789年~1801年)の時分に入交家が屋敷替えによって拝領した屋敷。
現存せしものであるが、保存修理工事を平成年間で行っており、現在は見学も可能!
築220年程、三重県指定文化財指定となっておる。

風呂は復元されたものじゃ! 他にも多く復元されておるぞ!
屋根は鉄板を外し茅に葺き替えておる。
では、腹も減った故に伊賀名物を食べに参るか!
駅の方に戻る故に北に進むぞ!

その途中で西大手門跡も見つけ申した!
此れで伊賀上野城の正面は全て回った事になり申す!
この近くに名物が!

皆『かたやき』知っておるか?
かたやきは伊賀忍者の携帯食であった。
屋敷に潜入したりと手持ちは軽装でないと困る忍にとって、
栄養価もあり、かさばらない携帯食として重宝された。
また、どえりゃー固い故に石等に叩きつけて割って食べたそうじゃ!
今となっては伊賀名物の中で最も古い飯として名を轟かせる!
此の鎌田製菓殿では時によっては制作過程が見る事でき申す。

室内に甘い香りが!! 早う食べたいのう!


完成! 堅そうじゃろ?
然(しか)し乍(なが)ら、出来たては柔らかいのじゃ!
堅い方が味がしっかりしとると聞く。
慶次「儂480歳だで、あんまし堅いと歯が折れてまうやもしれんで柔らかいのを頂戴する」
誠に甘く甘味のような感覚で食べられて、何枚でもいけてしまう。
此れは美味いぞ!

この通り堅いものが一般的で土産に大変人気!
あんまし堅いものは木槌で割るそうじゃ!
どえりゃー美味かったが、此れでは儂の腹はまだ満たされん故に
あれ食いに参ろうか!!

【ニカク食堂】
駅目の前に御座るニカク食堂は、大正6年創業で100年続くこの地の名店!
伊賀名物だけでなく、伊賀ゆかりの忍に因んだ飯等もあるそうじゃ!
店内も伊賀らしい装飾になっており楽しめるぞ!

【伊賀名物】
儂が頼んだのは『伊賀御前』である。
でんがく・焼肉・黒米みそうどん・おかず・黒米の内容はまさに伊賀御前!
伊賀の名物が詰め込まれておる。

黒米みそうどん。
味噌に目がない儂前田慶次も初めての味わい深さにこの表情!

田楽は我等の時代から愛されており、豆腐に味噌という相性は天下無双であるな! 美味!

ニカク食堂殿にも城びと貼紙貼らせてもらったぞ!
多くの観光客が足を運ぶこの店は必見ぞ!
【まとめ】
伊賀上野城、如何であったか?
儂は見ての通り存分に楽しみ申した!
伊賀=忍という一般的な認知を大切にした観光業と共に、
築城名手藤堂高虎が築いた伊賀上野城の圧倒的存在感!
高石垣は生涯のうちに一度は見ておいて損はなかろう。
また、復元できるやも知れぬ資料の数々。
それも伊賀文化産業城という名を命名する程に、この地では文化を保護し後世に伝えておる。
現世の民も楽しめる形で伊賀忍者たちが出迎えておるし、また参りたい次第。
無論、飯もどえりゃー美味い!
また、儂としては三重に度々参り藤堂高虎の凄みを改めて知り、
他の築城名手の城にも参りたくなった。
次は何処の城へ参ろうか。
最後迄読んでくれてありがとさんじゃ! 皆の城巡り、観光の参考にしてちょ!
また楽しみにしとってちょ。
以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 名古屋城検定名誉顧問 城びと連載人
前田慶次郎利益
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執筆・写真/前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)











