にしおじょう

西尾城

愛知県西尾市

別名 : 西条城、西丘城、鶴城、鶴ヶ城、錦丘城
旧国名 : 三河

投稿する
本丸丑寅櫓
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

カズサン

桜装う西尾城、H26年春 (2014/04/04 訪問)

 平成26年4月4日に3月16日復元天守台が竣工公開されましたので見学登城しました、丁度桜が満開で綺麗に咲いてましたので復元本丸丑寅櫓、旧近衛邸、復元鍮石門をバックに取りました写真を投稿します。
 また西尾小学校が旧東の丸跡に当たり校門横に太鼓門跡と説明板、絵図が有り合わせて投稿します。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

復元天守台竣工桜装時登城 (2014/04/04 訪問)

 平成26年3月16日二の丸天守台が発掘調査復元整備され竣工公開されました、同時に二の丸丑寅櫓台と続き土塁も復元整備され天守台北角を挟んで北東面北西面の石垣、続く土塁も整備され二の丸の景観が整ってきました、桜も咲き4月に入って訪城し復元天守台周辺を観察撮影しました、天守閣の復元が待たれます、西尾市資料館に寄り天守閣模型見学と資料の収集をしました。
 駐車場は二の丸東の歴史公園駐車場利用20、30台は可能。
 桜装う西尾城をつづきへ。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

じっぱ

西尾城 (2021/02/20 訪問)

今回は愛知に足をのばし西尾市に来て見た。歴史公園なる中に三層の建物が一際目を引く。下調べもせず来たので、これが復元?天守かと思ってしまったが、本丸!丑寅櫓とのことで、本瓦葺きの規模の大きな櫓で城内で2番目に高い建物だったようです。足利義氏が築城以来廃藩まで650年?の歴史があり、近年櫓や門が再建され公園として整備されて市民の憩いの場所となっている。西尾城の特徴とされる二之丸天守・天守台が近年一部発掘された石垣の石材を利用して再構築されているとのことです。又野面積みの石垣と本丸表門の礎石が残されています。園内には旧近衛邸の書院、茶室が移転・移築され風情を醸し出しています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

🏯城好きのメガネ

「西尾城」 (2020/03/28 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
西尾城は、鎌倉時代初期に足利義康の孫である義氏が九条家領吉良荘地頭として城を築いたことが始まりとされる。その後、西条吉良氏と東条吉良氏に分かれ、東条吉良氏の義安は織田氏に内応したため今川氏から城を追われたため、西条吉良氏が東西を兼ねた。1561年、吉良義昭は酒井正親に城を奪われ、三河一向一揆の主将となり近江へ逃れた。以降、城主は牧野成定、田中吉政と入れ代わり、城郭も改修が行われた。1601年、譜代の本多康俊が入府し、西尾藩を立藩する。7家が目まぐるしく入れ替わったが、江戸中期に松平乗佑が入府し、明治まで5代続いた。松平乗全の治世では藩校を建設するなど人材育成に力を入れた。明治維新を迎えると城は天守閣を始め、ほとんどが取り壊された。現在、土塁等が遺されている。

<アクセス>
名鉄西尾線 西尾駅 徒歩15分

+ 続きを読む

城郭情報

分類・構造 梯郭式平山城
天守構造 複合式望楼型[3重4階/1585年築・1645年頃改/解体]
築城主 足利義氏
築城年 承久年間(1219〜1222)
主な城主 吉良氏、酒井氏、松平氏
廃城年 明治11年(1878)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀
指定文化財 市史跡(西尾城跡)
再建造物 丑寅櫓、復元門、石碑、説明板
住所 愛知県西尾市錦城町231-1
問い合わせ先 西尾市教育委員会事務局文化振興課文化財担当
問い合わせ先電話番号 0563-56-2459