東京都八王子市にある滝山城です。1521年武蔵の有力豪族の大石定重が築いたとされます。しかし、大石氏は北条氏の圧力に対抗できず北条氏の軍門にくだり北条氏康の三男氏照をを養子に迎えています。当主となった氏照は滝山城を大幅に拡大整備、本丸、中の丸、二の丸、千畳敷、三の丸、小宮曲輪を配した大規模な平山城とされます。城は多摩川と秋川の合流点の丘陵部に造られ、北側と東側は多摩川を、西側は谷地川を天然の堀とし、南側は複数の曲輪で守られています。1569年武田信玄が2万の軍勢で北条領へ攻め入り、多摩川の対岸に本陣を張り、北条氏照以下2000名が守る滝山城を武田勝頼を先鋒として攻撃したとされます。戦闘は苛烈を極め、氏照も先頭に立ち戦い手傷を負いながらも指揮を取るも三の丸が落ち、二の丸でなんとか防いだとされます。信玄は兵の消耗を嫌い軍を小田原城へ向けたとされます。このことにより、滝山城の防備に不安を感じた氏照は、天険の地に八王子城を築き1587年頃には移り、滝山城は廃城になったとされます。当日はJR八王子駅から路線バスに乗り滝山城址下バス停で降り、徒歩5分程でした。車の方も駐車場30台があります。城址ではアプリをダウンロードしスマホをかざすと滝山城の建物などが見れるようになってます。
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