日本100名城

はちおうじじょう

八王子城

東京都八王子市


旧国名 : 武蔵

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八王子城
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ryu

高尾山と八王子城(2017年) (2017/07/15 訪問)

新宿駅を早朝の電車に乗り、午前中、高尾山に登った後、高尾駅北口から土日限定で運行する八王子城跡行きのバスに乗車。管理事務所でボランティアガイドの方に登山道と見所のアドバイスを聞いて登城。

管理事務所~金子丸~柵門跡~八王子神社~本丸跡~松木曲輪~小宮曲輪と見て回る。下山時にボランティアガイドから柵門跡近くに石垣の遺構があることを教わり寄り道して見学。下山後、大手門跡~曳橋~石垣~櫓門跡~御主殿跡~ガイダンス施設と見学する。
ガイダンス施設の展示はバスの時間が迫り十分に見る時間がなく残念。
高尾駅に戻り、駅前の玉川亭で食べた蕎麦(つけとろ)が美味しかった。

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にのまる

【城と標柱】

本丸からずーっと歩いた詰城の標柱に「天守閣跡」とあって頭の中が???でいっぱいになりました。
大天守と呼ばれる郭だったそうです。

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にのまる

【城と生き物】

松木曲輪のベンチに枯れ枝のようなものがあったので払いのけようとしてドキッ(゚д゚)!

バッタの仲間?

やっぱりただの枯れ枝??

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ヒロケン

城巡り解禁 (2022/04/04 訪問)

八王子城は北条氏の北条氏照公が築いた山城です。それまで拠点としていた滝山城が攻め込まれたため危機感を抱き、八王子城を築き拠点を八王子城に移したとされています。
八王子城は豊臣秀吉の関東攻略の一環で前田利家・上杉景勝・真田昌幸らに攻められ落城しました。この八王子城落城が決め手となって、本拠の小田原城が開城、北条氏照公は兄の氏政公と共に小田原城下で切腹し、北条氏は滅亡しました。

現在の八王子城は、居館地区・要害地区(山城)・根古屋地区(城下)に分けられ国指定の史跡に指定されています。根古屋地区にはガイダンス施設や北条氏照公及び家臣墓 居館地区には曳橋・御主殿の礎石・石垣の虎口 要害地区には各曲輪・八王子神社があり、さすが百名城見所満載の城跡です。特に、居館地区の曳橋・御主殿跡の礎石・虎口は妄想を掻き立てられ想像以上に高揚します(*^▽^*)

八王子城には、3度目の訪城(本丸は二度目)で、前日の天気予報で関東100%雨の予報(*_*)雨具の支度を整え攻城。駐車場・トイレ完備は前回の訪城で確認済みでしたが、駐車場・ガイダンス施設の開館時間は9時から。8時ちょい過ぎに到着してしまい、しばし、葛藤。
ガイダンス施設の駐車場入り口に時間外利用者は臨時駐車場の案内があり、施設を下ること200m程にあり利用することができます。(トイレなし・無料)
豊臣秀吉に攻められ落城、悲運の城跡で、多数の犠牲者を出した城跡ですが、北条氏の往時の栄華を感じさせる城跡でもあります。

小荷駄さん、鹿伏兎城攻城では私の拙い投稿が少し役に立てたとのことで、嬉しく思います。「あさん」と名を連ねて頂き感謝です。今後とも、宜しくお願い致します。

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概要

北条氏康の次男・氏照が築いた山城。後北条氏の支城としては最大規模で、本丸を中心とする要害地区と山麓の居館地区、さらに外郭の防御施設から成る。山中には堀切や石垣が現存し、本丸と伝大天守跡の間にある大堀切など、豊臣秀吉の侵攻を意識した縄張が今も見られる。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 天正15年(1587)頃
築城者 北条氏照
主要城主 北条氏
文化財史跡区分 国史跡(八王子城跡)
主な関連施設 石垣、虎口、引き橋、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、御主殿跡
住所 東京都八王子市元八王子町3、西寺方町、下恩方町
問い合わせ先 八王子市生涯学習スポーツ部文化財課
問い合わせ先電話番号 042-620-7265