国内のお城としては完全に異色の存在である西洋式の稜堡要塞。19世紀における火力の急速な進歩により、本場の西洋では既に時代遅れの存在だったようですが、西洋の知識が入るにもタイムラグがあった時代でしたからね。箱館戦争により、予想もしない形で実戦の機会を得たわけですが、新政府軍の優勢な火力(艦砲含む)、兵力を前に結果は周知のとおり。でも、石垣の高さ、堀の広さ、死角のない縄張りなど防御の基本は地味に抑えており、薩軍に対し熊本城が通用したように、無意味な仮定ながら一時代前の火器相手であれば相当強靭な防御力を発揮できたと思います。なお、大手口に残る半月堡は本来、各稜堡の間に設ける予定が、予算の都合で元々ここだけしかなかったそうです。中央の箱館奉行所は2010年の復元で、建物が何もないと「お城がない」という一般の観光客にも取りつき易くなったとか。
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