続日本100名城

たまるじょう

田丸城

三重県度会郡

別名 : 玉丸城
旧国名 : 伊勢

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田丸城
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虎の子

城への交通手段実践レポート (2023/03/03 訪問)

※津城、松阪城と共に登城

7:49品川(新幹線)、9:22,9:41名古屋(近鉄)、10:49津新町
 (徒歩11分)津城跡(続百名城スタンプ 高山神社社務所9:00-16:00)

12:27津新町(近鉄)、12:47松阪
 (徒歩15分)松阪城(百名城スタンプ 松阪市歴史民俗史料館9:00-16:00月休)
  ※本居宣長記念館でもスタンプ押印可(9:00-16:30月休)

14:20松阪、14:43田丸
 (徒歩6分)田丸城跡(邑山龍平記念館:玉城町教育委員会窓口(8:30-17:00,土日16:30)

17:25田丸(JR)、17:48,18:08松阪(近鉄)、19:20近鉄名古屋
 泊:名古屋駅付近のホテル

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ヒロケン

伊勢支配の拠点 (2024/01/05 訪問)

田丸城は伊勢平野の南端に位置し、標高約50mの独立丘陵に築かれた城で、山頂部に本丸、本丸の南に二の丸、北側に北の丸を配し、横並びにした縄張りとなっています。また、丘陵の山裾に水堀が巡らされ、防備の薄い東側には中堀が設けられ二重の防備となっています。
また、要所に石垣を多用し、本丸、三の丸はほぼ総石垣で構成。二の丸・北の丸の東面にも石垣が配されています。本丸の西側にも高石垣が設けられており見所の一つです。また、土塁や大規模な堀切も随所に見ることが出来、土の城も楽しむことが出来ます。

田丸城は、1336年後醍醐天皇の吉野遷幸の時期に、北畠親房公が伊勢支配の拠点として築きましたが、1567年からの2年間、織田信長公の伊勢侵攻を受け伊勢北畠氏の一族が相次いで降伏、本家伊勢北畠氏にも信長公の次男、織田信雄公が伊勢北畠氏の養子として送り込まれ、織田信雄公が田丸城に在城することになり、在城した1575年から1583年の8年間で大規模な改修を行われています。

2024年1月5日、今年初めて訪問する城を田丸城としました。三度目の訪問でしたが、本丸西側の高石垣・外堀を見学していなかったので、見学するのが理由の一つです。
7時30分頃田丸城に到着し、玉城町役場に駐車。道路を挟み隣接され、100名城のスタンプが設置されている村山龍平記念館はスルーし、早速外堀を北に向け出発。蒸気機関車・三の丸御殿奥書院を画像に収めながら外周沿いを散策。田丸保育所の搦手口から入城。
高石垣も画像に収めながら遊歩道を北へ。そろそろ本丸に登ろうとしたときに、何やら本丸付近が騒がしい( ,,`・ω・´)ンンン?どうやら、玉城中学校の生徒さんと先生達が本丸の外周をランニングしている、約50人位居るでしょうか。生徒さん方がカメラのフレームに入り、撮影ができない😞「おいおい勘弁してくれ」と思いながら、暫し休憩"(-""-)" 生徒さんがすれ違う度に「おはようございます」とご挨拶😊
この寒いのに真っ赤な顔して一生懸命頑張ってる(#^.^#)。撮影が出来ないぐらいで、へそを曲げた自分が恥ずかしい。撮影抜きで散策。
正月早々、自分を律する良いものを見せて頂いたと感謝です。何事も一生懸命頑張る(#^.^#)

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じゅんじん

伊勢神宮の抑え (2023/11/18 訪問)

石垣の名城です。

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しんちゃん

かつては織田信雄の城。総石垣の広大な本丸は花見の会場に。 (2023/03/21 訪問)

田丸城はもともとは北畠氏の庶流、田丸直昌の城だったのですが、
織田信長に従うこととなり、織田信雄に城をあけ渡し、その傘下に入りました。
その後、信雄は松ヶ島城に移り、また時が流れて
天正12年(1584)新たに松ヶ島城の城主となった蒲生氏郷の支配下にはいります。
その後またいろいろあって、江戸時代には紀州徳川家の所領となり
田丸領6万石には紀州徳川家家老、久野氏が城代を置いて明治時代に至ります。
久野氏というと静岡県袋井市の久野城の主ですね。
久野宗茂の時代、駿府藩主徳川頼宣が紀州に転封になったときに
いっしょにくっついてきたんですね。
城跡は玉城中学校の背後の丘地に築かれています。
城全体が見事な石垣で囲われ、丘地の中央の最高所が本丸で十分な広さを持っています。
北には北之丸、本丸に引けを取らない広さです。
南は二之丸。今は中学校になっているエリアもかつては郭を形成していたようです。
天守は中がくりぬかれた独特の構造をしています。
石垣の周囲に柱を建て、天守を建造し石垣の内部も有効に活用していたのではないでしょうか。
この時は桜のつぼみはまだ固かったのですが、花見の会場にもなるようで
本丸の広さを十分に発揮できそうです。これは地元の方の特権ですね。

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城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 延元元年〔南朝〕/建武3年〔北朝〕(1336)
築城者 北畠親房、北畠顕信
主要城主 北畠氏、織田氏、田丸直昌、久野氏
文化財史跡区分 県史跡(田丸城跡)
天守の現況・形態 型式不明[3重/1575年築/焼失(火災)]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守台、石垣、横堀(空堀)、門、奥書院
住所 三重県度会郡玉城町田丸字城郭114-1他
問い合わせ先 玉城町教育事務局
問い合わせ先電話番号 0596-58-8212