続日本100名城

つじょう

津城

三重県津市

別名 : 安濃津城

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津城
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べあれん

津城公園 (2019/01/26 訪問)

藤堂高虎の城。
最寄駅から徒歩10分程度、国道23号の少し北側にある。

周りには内堀。
東側の堀は比較的広く見えたが、これでもかなり埋め立てているよう。
堀が全て残っていれば藤堂高虎らしい曲輪を満喫できそうではあるが、さすがに都市開発には邪魔になったようで。

東側には櫓が…しかしながら見るからにコンクリート模擬櫓。
位置も元々東鉄門があった場所のようで。
場所の選定は国道23号から見やすい位置ということらしい。
しかしながら下の石垣は立派だった。算木積みの横幅がすごい。

丑寅櫓があった側の石垣はさすがに立派。藤堂高虎を味わえる。
一方で天守台の石垣は見るからに古い。味のある石垣であった。
一部江戸の修復を感じさせる部分もあったがどうなのだろうか。

個人的に残念だったところは東・西鉄門の桝形が取り払われてるところと堀の大部分が埋まっているところかな。
あと石垣に囲まれており、市民に愛されている公園になっているが、文化財保護的観点で見ればあまり良い状態ではない気がした。
それでも良いものはたくさん残ってるし、ガイドの方もいて、城を大切にしようという気持ちは伝わってきたので、このまま良い状態を保ってほしい。

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夏の雪だるま

藤堂高虎の城 (2016/09/21 訪問)

三重県津市の津城です。織田信長の弟信包により1571年より築城がはじめられ1580年五層の天守が造られ完成しています。その後富田氏が城主となり、1600年の関ヶ原の戦いでは西軍の攻撃を受け津の町は火の海となり、天守閣なども焼失したと言われます。1608年藤堂高虎が20万石で入封すると城を大々的に改修、本丸・各曲輪・堀を広げ石垣を高くし、町外れを通っていた伊勢街道を城下引き入れ、城下町も整備しますが、天守閣は再建されませんでした。城は、伊勢湾近郊の伊勢街道が通る交通の要衝であり、南北を安濃川と岩田川に挟まれた要害の地に築かれ、本丸の左右に東の丸と西の丸を置き、内堀で囲み、その回りに二の丸を配置し、外堀で囲んだ平城で、東西・南北約650mの規模とされます。現在城跡は外堀が埋められ大部分が市街化しており、本丸・西の丸の石垣と縮小された内堀、再建された丑寅櫓、藩校正門(入徳門)が移設され、藤堂高虎像が置かれお城公園とし整備されています。

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ひで

三重県旅行にてお城巡り (2017/07/21 訪問)

藤堂高虎の造ったお城にとても興味がありました🏯

石垣が特徴的でした

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ヒロケン

藤堂高虎の城づくり (2018/11/25 訪問)

藤堂高虎公が築城の名手として、縄張り・普請した城は全国で20余と言われています。高虎の築城術は、豊臣秀吉・徳川家康からも高い評価を受けました。高虎の城づくりは、高い石垣と広い内堀造って、平城でも固い防御の城造りを確立しました。

津城は本丸、内堀、二の丸、外堀を回の字のように巡らした輪郭式という典型的な近世城郭様式とし、内堀を80~100mにしました。

高山神社駐車場に車を止め、社務所で続百名城のスタンプをもらっていざっ出発!スタンプをもらうため津城に寄ったようなものでたいして期待していなかったが、神社横の天守台を見てふつふつと高揚してきた!( ・`ω・´)さすが、32万3950石の藤堂高虎公のお城! 内堀の外周を一周して、写真をパシャパシャ。模擬櫓の丑寅三重櫓も姿が良い(≧∇≦)b 満足で腹一杯。

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城郭情報

城地種類 平城
築城年代 元亀~天正年間(1570~1592)
築城者 織田信包
主要城主 藤堂高虎
文化財史跡区分 県指定史跡
近年の主な復元・整備 昭和33年(1958)に三層の模擬櫓を戦後復興のシンボルとして鉄筋コンクリートで本丸東側石垣上に建設
主な遺構 本丸、西之丸、石垣
住所 三重県津市丸之内
問い合わせ先 (社)津市観光協会
問い合わせ先電話番号 059-246-9020