続日本100名城

なかつじょう

中津城

大分県中津市

別名 : 扇城、小犬丸城、丸山城
旧国名 : 豊前

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中津城
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たか

大好きな官兵衛を求めて (2024/05/15 訪問)

官兵衛の縄張りを行った中津城へ。
資料館など見学するものが多くて16時前に到着したことを後悔。
現在、長篠戦いの際に有名な話の落合左平次道次背旗(鳥居強右衛門磔図)が特別展示されていてなんだか得した気分です。
官兵衛だけではなく、奥平家のことも知ることができてとても有意義でした。
次回は早くいってゆっくりと見てみたいと思います。

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赤い城

中津川河口の海城 (2024/04/30 訪問)

広島から朝出発し、この日の宿泊地である別府へ。
途中中津城に立ち寄りました。

まずは中津からあげで腹ごしらえ、と三光の有名店へ。
からあげ弁当をいただきました(お昼前でしたが何組か後のお客さんで終了でした)。
ここはビールが欲しくなりますが車なので我慢。
中津城に向かいました。

本丸下段が駐車場になっていてまずは外周から、と復元された水掘沿いに歩きます。
中津市歴史博物館はこの日休館、水門跡から駐車場に戻ります。
再度川沿いの道に出て黒田時代の石垣を見学。
神籠石という古代山城の唐原山城の石を使ったものです。

北側に進んで定番の黒田、細川時代の石垣の境目を。
確かに違いが良くわかります。

東側にまわり、こちらも定番の模擬天守を見上げながら一旦大手門跡まで行ってみました。
小学校の前に石垣が残ります。

引き返し本丸へ、模擬天守内は奥平資料館になっていて入城料は400円。
続100名城のスタンプもこの中にあります。
とりあえず最上階まで行き、景色を眺めます。
中津川河口と周防灘が間近に望め、天気が良ければ綺麗だったかと。

この後諭吉さん生家を外観のみ見学し別府に。
奮発してちょっと高級な宿を予約したのでゆったりと宿を楽しむことにしました。
長距離ドライブで傷んだ身体が癒やされました。
やっぱり温泉っていいですね。



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AJ

オモチャ天守と呼ばないで (2015/11/22 訪問)

全体的に“官兵衛推し”な雰囲気は大河の影響でしょうか。中津城(大分県中津市)は秀吉の軍師・黒田孝高(官兵衛)の縄張りですが、本格的な築城は細川。また藩政は長年、徳川と血縁にある奥平が担いました。一面だけを切り取るのは勿体無い、歴史の深い町です。

もちろん、縄張は名人の域。周防灘に近い河口付近の水城(海城)は後堅固そのもの。華奢ながら梯郭式と連郭式の融合も新鮮。外堀も深い。天守は築かれなかったという見方がほぼ定着しています。今あるのは萩ベースの模擬とのこと。賛否あるかと思いますが、意匠は飽きさせません。

九州平定後も地元豪族の抵抗は続いたようで、黒田による築城は二の丸まで。比較的簡素で小規模だったのではないでしょうか。朝鮮出兵の影響もあり、天守を築く余裕がなかったということなのだと思います。無いには無いなりの理由があって、そこに当地の権力を規定した要因が感じ取れれば個人的には満足です。そうこうしているうちに関ヶ原。そして同家は加増されて福岡に赴きます。

城域で目を引くのはやはり神籠石でしょうか。5キロほど川上にある7世紀(?)の山城(唐原山城)跡の列石の転用が見られます。四角く加工された石を使った石垣は、細川時代の丸みを帯びた自然石との違いが明らか。リユースでエコ、、、というわけではなく、土着勢力の反発に直面し、築城を急いだ黒田の危機感の表れなのかもしれません。

さて、中津といえば唐揚げ、、、そして、福沢諭吉(ですよね?)。加えて、忘れられがちですが、前野良沢(解体新書の)も。当時、西洋科学(蘭学)の理解促進に影響のあった人々を輩出したのが中津藩。外様の多かった九州の地に送り込まれた奥平氏の祖は家康の外孫(長女亀姫の子)として厚遇された御連枝の家柄でした。後に150年以上にわたって安定した藩政を担った同氏は近代科学にも貢献したと言えそうです。

そして模擬天守ですが、御子孫(養子縁組をされた当主)が中心となり昭和に建造(二重櫓は復興)されました。内部は同家の資料館。史実に反したシンボルは不要との見方もあるでしょうが、そうした過去の歩みを紹介するための“ハコ”を後世の関係者がせっせと用意したという事象だけ捉えると、そこも含めて歴史の流れのような気もします。

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ぴーかる

中津城 (2023/09/10 訪問)

【続百名城60城目】
<駐車場他>中津城第1駐車場
<交通手段>車

<見所>石垣・門跡・総構え遺構
<感想>1泊2日北九州・豊前中津の旅2日目10城目。上記駐車場に駐車し本丸南側石垣と堀⇒歴史博物館⇒西門跡⇒小倉口⇒おかこい山(総構え土塁)⇒金谷口跡⇒藩校跡⇒生田門⇒大手門跡⇒天守西側の薬研堀~北側に歩き⇒中津川に面した黒田氏時代石垣を堪能⇒水門跡⇒本丸・天守内部の順に散策しました。総構えの遺構、門跡の石垣は見応えあります。また中津川に面した黒田氏時代の石垣は巨石を用いてかなり見応えがあります。懸け造り風の模擬天守もなかなか眺めが良かった。2時間半たっぷり散策しました。これにて百・続百名城の大分県制覇。

<満足度>★★★

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城郭情報

城地種類 梯郭式平城
築城年代 天正15年(1587)
築城者 黒田孝高
主要城主 黒田氏、細川氏、小笠原氏、奥平氏
文化財史跡区分 県史跡(中津城跡)
近年の主な復元・整備 細川忠興
天守の現況・形態 独立式望楼型[5重5階/1964年築/RC造模擬]
主な関連施設 模擬天守、二重櫓、塀、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)
住所 大分県中津市二の丁
問い合わせ先 中津城
問い合わせ先電話番号 0979-22-3651