続日本100名城

なかつじょう

中津城

大分県中津市

別名 : 扇城、小犬丸城、丸山城
旧国名 : 豊前

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中津城
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カズサン

模擬天守登閣と外観鑑賞 (2009/06/10 訪問)

 中津城の内堀発掘調査し内堀復元、内堀に沿ってる本丸南石垣の解体修復整備の実態を観察して、周囲の石垣を見て回った後、本丸に入り、小雨が降ったり止んだりの薄暗い採光条件、良い写真は撮れませんでしたが天守周囲と建物編として投稿致します。

 中津城の天守閣は歴史上存在して居ませんが絵図で本丸西側の中津川沿いに鉄御門脇櫓として3層の櫓が描かれています、現在の天守は昭和39年に奥平家中津市協力で本丸北東隅に5重5階の望楼型天守閣が建てられました、同時に東側天守の前に2重2階の大鞁櫓も建立して連結式天守の様です。
 晴れていたら写真写りの良い写真が撮れたのですが、黒板張りの望楼型天守見て回るだけでもウキウキです。

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カズサン

本丸復元内堀と修復石垣、周囲石垣探訪 (2009/06/10 訪問)

 本丸南の水堀は埋めたてられて居ましたが、発掘調査し復元整備され水堀が甦りました、同時に面してる南石垣の解体修復整備も進められ三の丸から北側を眺める景観が往時の姿に復元整備されました。
 その情報も知り中津城を訪ねました、4泊5日大分県宮崎県城廻りの1番目です。今回は列車とレンタカーでの探訪です。

 中津城は皆さんご存知の黒田官兵衛築城です、秀吉九州征伐後天正15年(1587年)豊前6郡16万石を与えられ中津に城を構えた、黒田官兵衛の実績なら百万石でも良さそうなのですが、秀吉の警戒心でしょうか? 関ヶ原後は黒田氏福岡に52万石で転封、代わって細川氏が入封し、小笠原氏奥平氏へと変わり奥平氏で明治を迎える。

 探訪は先ず、復元成ったばかりの本丸南側の内水堀、水堀跡地で発掘発見された金箔瓦、秀吉との繋がりが窺えます、それに沿った解体修復整備された本丸南石垣をじっくり味わい観察する修復されたばかりで草も無く綺麗に整備されて居ました、本丸内部から東側の石垣、薬研堀越しに石垣と模擬復元天守、2層櫓を眺めて北側、中津川沿いの西側の本丸石垣、鉄御門跡、ここは石で塞がれて通行不可で石垣で繋がってる様に成ってる、同脇櫓台石垣、絵図では3層櫓が建っていた?、戻って本丸西の水門跡石垣と廻りました。
 
 模擬天守閣2層櫓編に続きます。

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ryu

「黒田家の歴史探訪ツアー」~中津城(2015年) (2015/05/09 訪問)

西日本新聞旅行が主催する「黒田家の歴史探訪ツアー」に参加した際の訪城。
中津の名物鱧料理をいただいた後、訪城。ボランティアガイドの方の説明で城内を見て回る。

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キクリン

この一枚しか撮れなかった… (2021/12/07 訪問)

城内に入ってすぐに大雨!お堀の外からのアングルでも撮りたかった。傘を貸して頂き駐車場まで一緒に来てくれた、お城のお姉さんありがとうございました。

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城郭情報

城地種類 梯郭式平城
築城年代 天正15年(1587)
築城者 黒田孝高
主要城主 黒田氏、細川氏、小笠原氏、奥平氏
文化財史跡区分 県史跡(中津城跡)
近年の主な復元・整備 細川忠興
天守の現況・形態 独立式望楼型[5重5階/1964年築/RC造模擬]
主な関連施設 模擬天守、二重櫓、塀、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)
住所 大分県中津市二の丁
問い合わせ先 中津城
問い合わせ先電話番号 0979-22-3651