城跡内の芸術劇場でライブがあり、開場までの時間つぶしに散策。
土砂降りの雨の中、壮大な土塁や堀の遺構にすげースゲーと散策した。
佐竹氏は、大幅に領地を減らされてこの地にやってきた。また、転封命令が出たのも収穫前の時期で、もっともお金がない時期だったと聞く。さらに、幕府は佐竹氏の石高を当初確定せずに、城中に上がった際、どこに席を占めていいかわからず恥辱を被ったとも。
そんなこともあり、こじんまりとした館に毛が生えた程度の平城を予想していたが、とんでもないことでした。
石垣こそないものの、水戸城など土の名城を築いた佐竹氏の意地と誇りを感じる城でした。
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