続日本100名城

とやまじょう

富山城

富山県富山市

別名 : 安住城、浮城
旧国名 : 越中

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富山城
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洸(あきら)

憩いの場 (2020/11/15 訪問)

天守周りは広大な公園で、憩いの場になってました。
お堀や門が見事。
天守は再建の博物館ですが、館内の説明はわかりやすくて仕掛けも多く見応えありました。

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ぶーたろー

城内は公園だよ! (2020/10/10 訪問)

https://youtu.be/MhtAC27ucX4
↑この動画が参考になります。高岡城から富山城にやって来ました。ここは都会の真ん中に城跡があり、中は公園になってるよ。

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昌官忠

次男と二人でクラブツーリズム「北陸7名城めぐり2日間」① (2017/11/03 訪問)

次男と二人でクラブツーリズム「北陸7名城めぐり2日間」の1城目は富山城です。
続100名城スタンプは、このころは集めていなかったので押していません。

最初の築城はよくわかっていませんが、一般的には1543年(天文12年)頃に越中東部のおよび新川郡への進出をもくろむ神保長職が、家臣の水越勝重(勝重が神保長職本人という説もある)に命じて築城したとされています。
その後神保氏が3代に渡って居城としましたが、天正4年、越後春日山城主上杉謙信が富山城の神保氏を追い、家臣の小笠原長隆・上杉信定を置きました。
天正7年、織田信長が越前小丸城主佐々成政を富山54万石封じましたが、天正15年の豊臣秀吉の九州征伐後、成政は肥後熊本城へ転封になります。
慶長5年の関ヶ原の戦功により金沢城主前田利長は、加賀・能登・越中の3ヶ国120万石を得ます。
慶長10年に利長は隠居して富山城に移るが、慶長14年に主要部の建物をことごとく焼失したため、高岡城を築いて移ります。
寛永16年、3代前田利常は、次男利次に10万石を与えて分家させました。 
利次は、廃城と化していた富山城を修復、寛文元年に入城して富山藩が成立します。以後富山前田氏13代の居城として明治に至ります。 

現在は富山城址公園として整備されており、模擬天守(富山市郷土博物館)が建てられています。
模擬天守から眺める庭園、石垣、水堀等の景色は素晴らしかった。攻城時間は40分くらいでした。
続100名城スタンプを押していないので、もう一度来なくてはいけません。

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橋吉

富山城 (2020/08/29 訪問)

富山城は富山市の中心部にあり、現在は城址公園となっています。
公園の地下が駐車場になっています。
自動二輪も駐められるところがすてきです。

富山市郷土博物館は、模擬天守ですが、妙に味わい深いがあります。

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城郭情報

城地種類 梯郭式平城
築城年代 天文12年(1543)
築城者 神保長職
主要城主 神保氏、佐々氏、前田氏
近年の主な復元・整備 佐々成政、前田利次
天守の現況・形態 複合連結式望楼型[3重4階/1954年築/RC造模擬]
主な関連施設 模擬天守、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)
住所 富山県富山市丸の内
問い合わせ先 富山市郷土博物館
問い合わせ先電話番号 076-432-7911