日本100名城

まつさかじょう

松坂城

三重県松阪市

別名 : 松阪城

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松坂城
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バリィ

平成31年 (2019/04/26 訪問)

平成31年4月26日、私が平成の最後に行った城です。
正直、初めてで期待もしていなかったのですが、行ってみると本当に素晴らしい遺構でした。
平成の最後にこのような素晴らしい城址に行けて良かったです!

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コウキ

松阪城登城‼️ (2019/04/05 訪問)

松阪城に行ってきました‼️
石垣が立派で、天守台石垣もかっこよかったです。

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三河のかづ

松坂城 (2019/02/10 訪問)

想像していたよりスケールの大きいお城でした。強風のため高所恐怖症の私は足が震えました。

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夏の雪だるま

蒲生氏郷築城の城 (2016/09/21 訪問)

日本百名城の一つ三重県松坂市の松坂城です。この地方を治めていた北畠氏が1567年からの織田信長の伊勢侵攻に屈服、信長次男信雄に家督を譲り、信雄が南伊勢の領主となります。信長亡き後、豊臣秀吉に信雄は伊勢から追われ、替わって158年蒲生氏郷が入封。それまでの松ヶ島城から南2.5kmの四五百森と呼ばれるこの地に1588年新たに築城したのが松坂城です。阪内川南、標高35mの独立丘陵に本丸を中心として東に二の丸、南に隠居丸、西にきたい丸を石垣造りとし、麓の三の丸を水堀で囲み、東西600m南北850mの規模で、松ヶ島城下から寺社や商家を移住させ城下町も新たに整備しています。氏郷が会津へ移封となると1591年服部氏、1595年古田氏が城主となり、1619年徳川頼宣が和歌山藩主となるとこの地は和歌山藩領となり、以後、藩内勢州18万石を統轄する城代が置かれ明治維新まで続いています。現在城跡は、三の丸や堀は大部分が市街地となっていますが、裏門側に御城番屋敷が残り、本丸・二の丸・隠居丸・きいた丸が松坂公園として、城址公園には建物は残っていないものの、高い石垣が往時を偲ばせます。

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概要

築城の名手・蒲生氏郷が四五百森の丘陵上に築き、今日の姿に改修された年代から織豊系城郭として注目されている。2段になっている本丸上段跡には三重の天守があったとされ、本丸と二の丸には折を多用し石垣を積み上げた堀が巡らされている。さらに桝形虎口が要所に配され、堅固な構造を今に伝える。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 天正16年(1588)
築城者 蒲生氏郷
主要城主 蒲生氏、服部氏、古田氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 昭和63年~平成15年にかけて石垣の修復工事
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 御城番屋敷(重要文化財・旧松坂御城番長屋)
主な遺構 本丸、二の丸、石垣
住所 三重県松阪市殿町
問い合わせ先 松阪市産業文化部文化課
問い合わせ先電話番号 0598-53-4393