日本100名城

まつさかじょう

松坂城

三重県松阪市

別名 : 松阪城、四五百城、鶴城
旧国名 : 伊勢

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松坂城
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POYO58

周囲の石垣編 ちょこっと質問 (2022/12/11 訪問)

周辺の遺構★★★☆☆ 石垣(高石垣)
では表門跡に向かいます。表門跡を松坂城じょ外からみるといいですよ。大きな石垣が難攻の枡形を形作っているのがよくわかります。(写真①)
その次は高石垣を見に行きます。松坂城はこれがあるからこそ堅固ですよね。なかなか石垣は高いです。周りを囲む石垣の一部は江戸時代に算木積みに積み直されたものもあります。時代の変化と共に石垣が変化しているのも分かります。また高石垣には鏡石のような大きな石が数個くらいありますね。これは一体何の意味があるのでしょうか?
高石垣を一周して御城番屋敷も行こうと思いましたが、時間の都合上、断念しました。御城番屋敷は1回目の攻城時に行ったのでまあいいかな。
松坂城はこれで終わりです。ありがとうございました。
ただまだ田丸城もあるためお付き合いお願いします。

別件
2022年も残りあとわずかとなってしまいましたが、皆さんに少しお聞きしたいことがあります。年末年始は皆さんお城に行かれますか?日本100名城、続日本100名城のスタンプは多くのところ押せないと思うのですが、また御城印も買えないですよね?集めてない方は知らねえよって感じかもしれませんが。これが聴きたかっただけです。ご自身の投稿などで回答してくださると嬉しいです。お願いします。

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POYO58

本丸上段、天守台 (2022/12/11 訪問)

本丸上段 遺構★★★★☆ 石垣、石段、登り石垣
では本丸上段へ向かいます。松坂城の天守台の特徴は登り石垣があることです。結構良好な状態で残っていて、私たちもその道を使って登ることができます。(写真①、②)
天守台は比較的低かったです。天守台には石段が残っています。天守台は結構狭かったため、あまり大きな天守は立っていなかったのではないでしょうか?(写真③)
本丸上段には屋敷があったそうです。低石垣に囲まれた広い場所でした。(写真④)
今回は通れませんでしたが、一応本丸虎口をもう一度見ました。結構区画が多く、上から見てみるともう攻めてくる兵が丸見えだなと思いました。また、石段が残っていて、その左には窪みがありました。これは水路でしょうか?(写真⑤)
ではめんどいですが往路と同じ道を戻っていきます。ここで鐘の櫓の石垣と多聞跡、月見櫓の石垣を撮っておきました。(写真⑧、⑨、⑩)
さあ次は表門跡へもう一度向かいます。続く

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POYO58

きたい丸編 (2022/12/11 訪問)

では月見櫓を出て、鐘の櫓に行きます。鐘の櫓は遠見櫓付近を通った敵を攻撃することができます。鐘の櫓ももちろん石垣しか残っていないですが、石段も残っています。しかもその石段には特徴があってV字になっています。これは氏郷が築いた会津若松城にもあり、同じ技術を取り入れていると思いました。(写真②)
その後、藤見櫓跡を通り、敵見櫓跡まで歩いていきますと、石垣に何やら1箇所だけ穴が空いている場所が。これは一体なんだ?パンフレットにも載っていないのでこれは発見でしょうか?少し嬉しかったです。(写真④)
敵見櫓跡の石垣は綺麗な算木積みになっていました。また12月でしたが、紅葉が石垣と被ってとても綺麗でした。(写真⑦)
天守台がもうそばにありますが、一旦きたい丸を先に攻城。高石垣で構成されていて櫓が建っていたことが想像できます。特に角櫓跡の石垣はすごく高くて綺麗です。(写真⑧)また角櫓には礎石も残っていました。(写真⑨)
では天守台へ向かいます。続く

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POYO58

表門跡、月見櫓編 (2022/12/11 訪問)

では周って表門跡へ行きます。表門跡は比較的低い石垣で枡形を形作っていました。そのあと遠見櫓(写真①)に目を通して、月見櫓へ向かいました。なおこの時写真をあまり撮っていませんが、復路で月見櫓台などを撮ったので後の投稿で転送します。
本丸下段に入り、月見櫓を見ようとしたところ、何と本丸上段に続く石段にロープがかかっており、石垣の積み直しが行われていました。(写真④)まさかまた通行止めと思い機嫌はますます悪くなります。
ひとまず月見櫓の上に立ってみると石垣がとっても高かったです。(写真⑧)友人が怖い怖いと冗談っぽく言ってましたが、これはほんとに怖いかも。柵がないので転落には十分に警戒してください。
月見櫓からは表門を見ることができます。表門の枡形虎口がはっきり上から見えました。(写真⑨)
さてルート変更となってしまいましたが、次は鐘の櫓へ向かいます。 続く

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概要

築城の名手・蒲生氏郷が四五百森の丘陵上に築き、今日の姿に改修された年代から織豊系城郭として注目されている。2段になっている本丸上段跡には三重の天守があったとされ、本丸と二の丸には折を多用し石垣を積み上げた堀が巡らされている。さらに桝形虎口が要所に配され、堅固な構造を今に伝える。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 天正16年(1588)
築城者 蒲生氏郷
主要城主 蒲生氏、服部氏、古田氏
文化財史跡区分 国史跡(松坂城跡)、県史跡(松坂城跡)
近年の主な復元・整備 古田重勝
天守の現況・形態 連結式[3重5階/1588年築/倒壊(台風)]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守台、石垣
住所 三重県松阪市殿町
問い合わせ先 松阪市教育委員会事務局
問い合わせ先電話番号 0598-53-4393