石川県七尾市の百名城と中世五大山城の一つ七尾城です。能登畠山氏が1428年頃砦を築き、1520年頃七代義総が城として整備拡張したとされます。義総が亡くなると家臣の温井氏ら老臣7人が台頭したため実権を家臣らに握られてしまいます。城はその後も増強と改修が続けられ山麓には城下町千門万戸が一里余りも連なったとされます。1576年能登に侵攻した上杉謙信の大軍に七尾城は包囲されますが一年にわたり持ちこたえ堅城を誇っています。しかし家臣の遊佐氏が謙信に内応、抗戦派の長氏一族を皆殺しにして上杉軍に開城。この城を有名にしたのはこの時、上杉謙信が詠んだ詩「霜は軍営に満ちて秋気清し・・・・」です。しかし、上杉謙信が亡くなると織田氏のものとなり1582年能登国を与えられた前田利家が城主となりますが、すぐに居城を七尾湊に近い小丸山城へ移ります。そして七尾城は前田利政が城主となりますが、1589年廃城となっています。城は、石動山山系の北端に位置し標高300mの尾根に本丸、長屋敷、西の丸、二の丸、三の丸など郭を配し尾根から枝分かれする幾筋の尾根にも無数の砦を配置し東西800m南北800mの規模と言われ七尾の地名は七つの尾根に由来すると言われ五大山城の一つとされます。本丸から三の丸にかけて石垣や土塁、空堀がのこり国指定史跡となっています。当日は本丸駐車場から登り本丸・二の丸・三の丸などを巡り約50分でした。本丸駐車場の城説明板のボックスに七尾城パンフレットがあるので便利です。
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