源平時代に鎌倉五郎景政の子孫・大庭三郎景親が築城主とされるとされる大庭(おおば)城。
その後太田道灌が大幅に城として改築したとされます。
更に伊勢新九郎の手によって落城し、そのまま北条氏のお城となるも、北条氏滅亡と共に廃城になったそうな。
↑全部解説に書いてありましたwww
現在は大庭城址公園となり、桜の名所となっておりますが、公園化で整備進んでいるものの土塁・堀や建造物跡等が公園と同化して残されております(グッジョブ神奈川県(^ω^)b)
ちなみに「からぼり」の石碑のある場所の空堀は風化の為か、浅くて解り辛くなってしまっている場所にばかり設置されているのには苦笑い(^ω^;)
普通に公園内を回れば有る程度の遺構は確認出来ますが、整備の進んでいない場所に突っ込んだら更にリアルな堀や虎口等が見られました。
地形が入り組んでいる所は敷地内でもあえて整地せずにそのまま残しておいたからだと思いますが、おかげで手つかずの遺構が残ってました。
でもそういう場所行ってもリスは見れなかったなぁ。。。残念
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