両親の金婚式の家族旅行でいってきました。
岡崎城は1542年(天文11)松平竹千代(徳川家康)が生まれ城。1455年(康正1)ころ「龍頭山」と呼ばれる乙川北岸の半島状の丘陵地に守護代西郷頼綱が築城し、1531年(享録4)徳川家康の祖父松平清康が城郭整備を行った。家康は幼くして今川勢の人質となったが1560年(永禄3)桶狭間の戦いで今川義元が討たれたことを機に今川勢が岡崎城から退却。家康は岡崎城に戻りここを拠点に三河を統一した。家康は1570年(元亀1)に本拠を浜松城に移し子の信康を置いたが、信康の自刃後は重臣が城代とし置かれた。1590年(天正18)に家康が豊臣秀吉によって関東に移されると、秀吉の家臣田中義正が入り、城郭を拡張し総構の堀(田中掘)を築いた。関ヶ原の戦いの後、岡崎城は「神君出生の城」として神聖化され譜代大名・親藩が城主となった。現在の天守は1959年(昭和34)に復興されたもの。
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