日本100名城

ひとよしじょう

人吉城

熊本県人吉市

別名 : 球麻城[くまじょう]、三日月城、繊月城[せんげつじょう]

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人吉城
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にのまる

金城鉄壁 (2019/01/03 訪問)

新八代からえびの高原線特急「いさぶろう」で球磨川沿いの自然豊かな風景を楽しみながら人吉へ向かいました。
車内で地元の方がダムや温泉、白石駅近くの洞窟など、見どころをたくさん教えてくださいました。川が氾濫した時の写真も見せていただきました。今でも川底の土砂を掻き上げ続けているそうです。ぼーっと眺めているだけでは知り得なかったことばかりでした。
人吉城へは復元多聞櫓のある大手門から入城。櫓台跡の雁木は有事に大勢で一気に駆けあがる仕様です。試してみました。段差がそこそこあり、踏み幅も狭かったとは言え、一気に駆け上がれなかった私は多分士気が足りなかったのだと思います。
多聞櫓の建つ石垣にも上がったりしながらようやくメイン城域へ。
かなりの人数が詰められたであろう広々した三の丸。御殿の礎石の残る二の丸。そして意外と小さな本丸。お城の中心は二の丸で、本丸を広くする必要はなかったようです。二の丸高石垣は惚れ惚れするくらいかっこよかったです。
最後に堀合門の武者返しの石垣、撥出を確認しました。何だかずーっと上を見上げていた気がします。

そうそう、途中で永国寺にも寄りました。西南戦争の際に西郷隆盛が本営を置き、33日間在陣したところです。初代実底和尚が描いたという幽霊の掛け軸があり、「幽霊寺」とも呼ばれています。写真11枚目に載せました(-.-)y-., o O

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たかりん

相良氏35代の城下町 (2016/10/27 訪問)

某有名コンビ芸人(最近はほぼピン、司会者?)さんの片方の出身地としても有名な同市。お城は相良氏が中世から明治維新まで居城にしていたので、中世の城館的な部分を残しつつ近世的な改修が入った感じです。復元建造物は角櫓、長塀、多門櫓の部分程度で多くありませんが、球磨川の水運を利用するための水の手門跡や二の丸の高石垣、「刎出」の技法を入れた武者返石垣などが目を引きました。また隣接の人吉城歴史館は重臣相良清兵衛の屋敷跡に立地しており、発見された井戸のある地下室遺構が館内で見学できます。全国的にも珍しい遺構で謎は色々あるようです。ここに限らずガイダンス施設があるお城は先に寄るようにしてますが、現地の説明案内がイマイチなのでここは特に先に寄りましょう。

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磯風

人吉城 (2018/04/29 訪問)

お祭りの翌日で静かに見られました

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しろはる

人吉城 (2012/08/13 訪問)

杉が素晴らしい

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概要

鎌倉時代から江戸末期までこの地を治めた相良氏の居城とされる梯郭式平山城。球磨川と胸川を外堀に見立てて石垣を築き、多くの船着場が設けられた。石垣の一部は幕末になると、最上部の石を突き出す「はね出し」を設ける西洋式に変わった。屋敷跡で発見された用途不明の巨大な地下室が遺構として公開されている。

イベント情報

  • 2019年04月27日(土)~2019年04月28日(日)

    人吉城

    日本百名城 人吉お城まつり

    鎌倉時代に相良氏が地頭として赴任し、江戸時代には人吉藩の藩庁として利用された日本百名城の一つである人吉城。現在は公園となっているその城跡をメイン会場に「日本百名城 人吉お城まつり」が開催されます。各種ステージイベントや屋台、甲冑武者の行列「武者行列」が行われるほか、商店街を神輿が練り歩きます。また郷土芸能「球磨の六調子」などを老若男女が踊り競う「城下町フェスティバル」も必見です。入場無料。開催時間:(1日目)10:00~22:00(2日目)10:00~17:00

※ 内容は変更となる可能性があります、予めご了承くださいませ。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 建久10年(1199)、文明2年(1470)ころ、天正17年(1589)
築城者 相良長頼、相良為継、相良長毎
主要城主 相良氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成5年に多門櫓・角櫓・長塀を復元、平成18年度に長塀を復元、平成19年度に堀合門を復元
天守の現況・形態 -
主な関連施設 相良家墓地、相良家菩提寺「願成寺」、国宝青井阿蘇神社
主な遺構 二の丸、三の丸、長塀、大型井戸を伴う地下室二基、石垣
住所 熊本県人吉市麓町
問い合わせ先 人吉市教育部文化振興課文化係
問い合わせ先電話番号 0966-22-2111