かねざわさく

金沢柵

秋田県横手市

別名 : 金沢城
旧国名 : 出羽

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たか

南部御城印プロジェクト④ (2026/08/09 訪問)

前回は青森方面で活動したので今回は岩手(盛岡周辺)での攻城です。
新幹線で北上駅に行って2泊しながら四方八方攻める作戦としました。

まずはこのプロジェクトでも行き辛い金沢柵です。
後三年合戦金沢資料館へレンタカーを使って向かいます。
目当ての御城印を購入して、ここでこのプロジェクト初ワリインです!
因みに説明はこう書いてあります。

●種里城×金澤城『金澤御先祖津軽』
津軽藩の官撰史書「津軽一統志」附巻によると、種里城主南部光信を始祖とする津軽家の御祖先は、出羽仙北金澤に所領を有していた金澤右京亮だとされている。金澤右京亮の子孫は、下久慈を経て津軽に移ったという。

あと2城ともワリインがあるようなのでこれは相手側に行ったときの楽しみにしよう!

実際の城址にも向かいました。
資料館の女性が地図を使って道を教えて頂きその通りに行ってみました。
駐車場にトイレがあり入り口のところに石碑がありました。
「納豆発祥の地」
確か昔話かなにかで戦の時に兵隊さんが煮豆を持って出陣して、発酵してしまい納豆になった話を思い出しました。
わたしの大好きな納豆の話はここだったのかと感動しました。

本丸や北の丸、二の丸など綺麗に整備されておりとても美しい。
金澤八幡宮に兜杉など見ごたえもあります。

最後に西の丸址にも行ってひらけたところから景色を撮って攻城終了としました。

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いんげん丸虫

国指定史跡 (2025/04/27 訪問)

この地方の観光サイトには必ず載る
場所ですね。深い歴史があります。
この日は外国の方も来てました。
売店など無いし、神社を写真に撮って
足早に去る人がほとんどかな。

中世山城を感じられる堀切など
じっくり観てきました。
周囲の広大な段曲輪が素晴らしいです。

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ぎりょう

中世は大規模な山城に (2024/11/09 訪問)

 横手の三城目は金沢柵と推定されている金沢城跡を訪問しました。ここは御三年の役において源義家と清原武衡・家衡が合戦におよび、兵糧攻めで落城した場所とのこと。比高約90m、東西900m、南北600mという規模の大きな山城跡です。
 金沢柵のイメージで攻城を開始したのですが、現在目にすることができる本丸、二ノ丸、北ノ丸は14世紀後半以降に南部氏・小野寺氏によって中世山城として改変された姿のようです。慶長7(1602)年に佐竹氏が常陸から秋田に入部した折にはここが居城候補にもなったようですが、その後廃城になったそうです。
 今に残る曲輪や堀切などしっかりとした遺構はとても見応えがありました。また前記の北側曲輪群は削平されているのに対し、西ノ丸は自然地形の曲輪であり、より古い時代から使われた遺構のように思われました。金沢柵時代と推定される遺構も発掘されているようですが、短時間の訪問で確認できませんでした。
 城址は現在、金沢公園となり藩主佐竹氏が尊崇した金澤八幡宮が祀られています。近隣の「御三年合戦金沢資料館」を訪問して、情報収集してからの攻城をおすすめします。

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しんちゃん

歴史は古いが構造は戦国期の遺構を残す。 (2021/05/04 訪問)

金沢柵は横手市金沢公園として整備されています。とはいえ、公園とは名ばかりで実態は普通の山城遺構です。後三年の役で源義家に滅ぼされた清原氏の城館とされています。最高所に金沢八幡宮(皮肉ですか)が置かれ、本丸の雰囲気を出していますが二の丸です。二の丸から二段さがった所に駐車場があり、南に西の丸が置かれます。本丸から見て西ということですね。二の丸を中心に東西南北すべてに郭が配され本丸は東に存在します。本丸はかなりの広さがあり、発掘調査では掘立柱建物の痕跡があったそうです。
歴史は古いですが、堀切や土塁など高度な山城の遺構を備えており、戦国期には南部氏や小野寺氏の持ち城となり小野寺氏家臣・金沢権十郎が入っていたようです。

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城郭情報

分類・構造 古代城柵
天守構造 なし
築城主 清原氏
築城年 平安時代後期
主な城主 清原氏、東将監(佐竹氏家臣)
遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)
再建造物 石碑、説明板
住所 秋田県横手市金沢中野字安本館
問い合わせ先 横手市商工観光部観光おもてなし課
問い合わせ先電話番号 0182-32-2118