豊岡駅前から全但バス「出石」行に乗り30分、終点で降りて5分程歩くと出石城です。秀長時代にも有子山頂は不便なので、麓の出石にも何らかの建物はあったかと思いますが、関ケ原後の1604年に入った小出吉英により正式に築城の届出がなされ、有子山城が一国一城令で廃城となり、現在のような但馬の小京都と言われる街並みが出来たようです。1706年には信州上田より仙石氏が入り、蕎麦が広められたと伝わっています。
まず「いずし観光センター」で続100名城スタンプを押し地図等を入手します(写真⑨)。時を知らせる辰鼓楼などもあり、とてもきれいな街並です。ここも大河ドラマにあやかり、豊臣秀長の旗が多くなびいていました(写真⑧)。そして出石城と有子山城が重なるアングルはいい感じです(写真①)。登城橋(写真②)、二ノ丸にデンと構える東西の隅櫓(写真④は東隅櫓)、そして苔むした高さ13.5mの稲荷曲輪の高石垣や参道もなかなか風情があります(写真⑤⑥)。
最上段の稲荷曲輪からは、出石の街並みがとてもよく見えました(写真⑦)。そしていよいよここから、山頂にある有子山城を目指し、私は登山を開始しました。
その後、有子山から下山し、お腹が空きかつもう足が疲れて歩けなかったので、いちばん近い登城橋の横にある「左京」さんに入り、名物の「出石皿そば」を頂きました。おかみさんから「山に登ってきやはったんですか~?」と気軽に声をかけていただきました。そして恥かしながら食べ方が分からなかったので尋ねると、丁寧に教えて頂きました。(最初は〇×、次は△□、最後に÷※、〆はαβ・・・フムフムなるほど🤔)。するとこの皿そば😱~! むちゃくちゃ美味しかったです😊!(写真⑩)。
次は秀長が攻め落とした、有子山城(山頂)の様子に続きます。
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