日本100名城

かけがわじょう

掛川城

静岡県掛川市

別名 : 懸川城、懸河城、雲霧城、松尾城
旧国名 : 遠江

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掛川城
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朝田 辰兵衛

コンパクトだな…と思いきや。 (2020/12/20 訪問)

コンパクトだな…と思いきや,大手門がかなり離れた位置にあり,城域の広さに納得しました。

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ヒロケン

東海の名城 (2022/06/11 訪問)

掛川城は、室町時代中期、守護大名今川氏が重臣の朝比奈泰能に命じて築城させた典型的な平山城です。独立丘陵と河川を利用した縄張りで水堀や枡形による技巧的な防備を併せ持つ東海の名城です。
今川義元公が桶狭間で討たれると、嫡男氏真公が跡を継ぎますが、甲斐の武田氏と三河の徳川氏の侵攻を受け、今川氏本拠地の駿府館を捨て朝比奈氏が守る掛川城に逃げ込みます。掛川城は徳川勢に包囲されましたが、半年以上もちこたえ氏真公の助命と引き換えに開城した堅城です。
掛川城に山内一豊公が5万1千石で入城すると、中世城郭であった城郭を本丸を中心に四方に曲輪を配し、天守や石垣を築き城下町を惣構で囲った織豊期の梯郭式平山城に大改修したものが、現在に残る掛川城の縄張りです。

現在の掛川城は、山内一豊公が築いた初代の天守を想定して木造で復興された天守を始め、四足門や大手門が復元・再建され、そして何と言っても、国指定重要文化財である二の丸御殿が現存しており、見所満載の城跡です。とは言っても、修復工事のため天守には令和5年1月まで入れません(*_*) 現存二の丸御殿には入館することはできますが、少々残念です。

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カズサン

2009年桜の掛川城 (2009/04/05 訪問)

 平成21年(2009年)桜の時期に掛川城をコンパクトカメラで撮影して居ましたので投稿致します、定年退職月で定年まで1ヶ月を切った時期でした。
 木造復元の天守閣、四脚門、続き板屋根土塀、場所を変えて木造復元大手門、現存の太鼓櫓と建物構造物が増えました。
 掛川駅からの動線景観も整備綺麗に成って来ました。

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宗春

遠江攻略戦④掛川城 (2022/05/02 訪問)

お茶切絵の御城印と、ウクライナ支援の御城印を目当てに3度目の登城。1度目は天守が再建された当時、2度目は百名城スタンプを押しに、3度目は御城印を頂きにと、何度も足を運ぶ事になりました。その度に新しい発見があり楽しいのですが。

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概要

戦国大名今川氏の重臣・朝比奈氏の居城として築かれ、その後徳川家康から豊臣家臣の山内一豊の手に渡り、三重の天守を持つ近世城郭へと大幅に改修された。天守は幕末に取り壊されたが、平成6年に高知城を参考に復元。大変貴重な書院造の二の丸御殿や太鼓櫓が現存している。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 文明年間(1469〜1487)
築城者 朝比奈泰煕
主要城主 朝比奈氏、山内氏、太田氏
文化財史跡区分 国重要文化財(二の丸御殿)、国重要文化財(油山寺山門(移築大手二之門))
近年の主な復元・整備 山内一豊
天守の現況・形態 型式不明[3重/1590年頃築/倒壊(地震)]、不明[3重/1621年再/倒壊(地震)]、複合式望楼型[3重4階/1996年再/木造復元]
主な関連施設 復元天守、復元門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、二の丸御殿、太鼓櫓、石垣、土塁、横堀、井戸、移築門(油山寺)
住所 静岡県掛川市掛川
問い合わせ先 掛川市役所観光交流課
問い合わせ先電話番号 0537-21-1121