日本100名城

ななおじょう

七尾城

石川県七尾市

別名 : 松尾城、末尾城
旧国名 : 能登

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七尾城
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ぶーたろー

本丸からの景色は最高です! (2020/10/10 訪問)

https://youtu.be/Ad6kH7Dq8qM
↑この動画が参考になります。夢にまで見た七尾城、この山城城を攻略する日がやっと来た。しかしあいにくの雨。おっさんも泣くこと、雨には勝てませんです。。。

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昌官忠

次男と二人でクラブツーリズム「北陸7名城めぐり2日間」③ (2017/11/03 訪問)

次男と二人でクラブツーリズム「北陸7名城めぐり2日間」の3城目は七尾城です。高岡城からの転戦です。
100名城スタンプはガイドの方が本丸駐車場まで持参してくださっていたので、そこで押しました。さすがツアーです。

七尾城は能登畠山氏の居城で、能登の政治、文化の拠点として機能しました。
菊、松、竹、梅、亀、龍、虎と名づけられた7つの郭があったので、七尾城と称したといわれています
築城時期は明確ではありませんが、各地の有力大名がその拠点を山城に移す16世紀前半頃には能登畠山氏も遅れることなく、七尾城を築き支配体制を固めたと考えられています。
足利氏一門の有力武士で、越中の守護を務めていた畠山基国が室町時代の初めの1391年(明徳2年)に能登の守護に任命され、その後、河内、紀伊の守護も兼務しました。
1398年(応永5年)には室町幕府の管領に起用され、斯波氏・細川氏と三管領の一つとしての地位を築いています。
能登畠山氏は、基国の次男・満慶が、治めていた四か国(河内・越中・紀伊・能登)のうち、1408年(応永15年)に能登国のみの守護となったことをはじまりとします。
当時、守護は在京し、領国では守護代の遊佐氏が府中の守護所(現在の市街地付近)で政務にあたっていました。
応仁・文明の乱(1467-1477)後の1478年(文明10年)に、守護・畠山義統が能登に下向、在国し分国経営の基礎を固めました。
3代義統、7代義総のとき、領国支配は安定し、公家や歌人などの多くの文化人が、都から七尾に訪れたそうです。
日本五大山城のひとつに数えられるほど強固な城でしたが、「七尾城の戦い」で上杉謙信に攻められ、落城しました。
のちに織田氏の領地となったときには前田利家が城主になっています。
多くの遺構が残り、本丸の石垣を中心に各曲輪の石垣のほとんどが現存しています。

見所は本丸石垣・調度丸石垣・堀切・九尺石など、現存の遺構が多いので楽しめます。本丸から見える七尾湾もきれいでした。
攻城時間は50分くらいでした。

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ヒロケン

守護識畠山氏の居城 (2020/11/28 訪問)

七尾城は七尾市の南東方の城山一帯に広がりをもつ中世山岳城跡で、古くから能登の中心として栄え、室町幕府の三管領の一家、畠山氏流れを組む畠山満慶が、能登守護となりこの地に砦を築いたのが始まりと言われています。
その後、戦国期に入ってから次第に拡張、増強され150年にわたって領国支配の本拠となりましたが、温井、遊佐、長といった重臣たちの暗闘により、畠山氏は次第に傀儡化されていきました。
その後、織田信長による北陸制圧後に、能登一国を与えられた前田利家が居城とし、大規模な改造が実施されましたが、小丸山城を築いた後は、七尾城は廃城となりました。

現在、国指定史跡に指定され、曲輪、石垣、土塁、空堀が良好に残っており、特に調度丸から見あげた5段石垣は感動ものです。
本丸すぐ横まで車で行けて、トイレも完備されています。城跡の散策も50分程で、自分が登城したおりも小雨がぱらついていましたが、よく整備され難なく散策できました。

7年ぶり2度目の登城で、山の麓にある七尾城史資料館で100名城のスタンプも貰っていたことから、本丸近くの駐車場まで車で行き、たっぷり1時間30分程、城跡(特に石垣)を堪能致しました。GoToキャンペーンもあってか、駐車場は満車状態で小さなお子さん連れの家族の方も多数来られてました。(珍客にも会うことが出来ましたよ)

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火ノ島豊後守正宗

七尾城 (2020/06/04 訪問)

正百名城55城目。
北陸横断記5城目。
金沢駅から電車で1時間以上かけて七尾駅にやってきました。
レンタサイクルを借用しようと思っていましたが、某感染症の影響で閉鎖していました。
その為、市営バスで20分程度で資料館前まで移動して「七尾城本丸」を目指して登城しました。
登城すること40分。なかなかの山城でした。
ただ、山城は本当にいいものです。
山頂まで行ったときの達成感はとても素晴らしいです。
まさに城を攻略したような気持ちを味わえます。

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概要

能登守護畠山氏が山上に築いた巨大な居城。本丸と長屋敷との間の大堀切や、野面積の石垣が見どころ。本丸へと続く道や、調度丸と桜馬場間に残っている石垣は、低い石垣を段々に築くことで高石垣のような威圧感を与えている。桜馬場の西の曲輪にある石垣に積まれた、巨大な九尺石も圧巻。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 正長年間(1428〜1429)
築城者 畠山満慶
主要城主 能登畠山氏、上杉氏、前田氏
文化財史跡区分 国史跡(七尾城跡)
近年の主な復元・整備 畠山義綱、上杉謙信
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
住所 石川県七尾市古府町、古屋敷町、竹町他
問い合わせ先 七尾市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0767-53-8437