きよすじょう

清洲城

愛知県清須市

別名 : 清須城
旧国名 : 尾張

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土居跡
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キンヤ

かつての土居跡や堀跡も残る清洲城 (2018/03/04 訪問)

過去の清洲城の投稿を拝見しますと、土居跡や堀跡については紹介されていないようですので、2年以上前に行った時のものですが投稿させて頂きます。

今ある清洲城から南へ約1km離れた天王公園のすぐ西に城の外堀の土居(土塁)跡があり、当時は広大な総構えの城だったことが分かります。

また、今ある清洲城から北へ約500mに位置している御園神明社にある空池が、かつての中堀跡だと伝わっているそうです。

現在の模擬天守は、新幹線の車窓から良く見え、名古屋に住む者としては西日本の遠方に出掛け戻って来る際、名古屋に帰って来たなと感じます。
模擬ですが天守はその地域の象徴的存在で良いなと思います。

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カモン掃部

信長好きにオススメ (2020/01/05 訪問)

他の方も書いてましたが、歴史遺産的にはちょっと残念です。ただ歴史を学ぶ場としては最適です。スポーツ新聞よかった笑
あの有名な信長象も見れますよ。

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ひで

住宅街にある不思議な城 (2020/05/02 訪問)

目の前には、普通に家

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🏯城好きのメガネ

「清洲城」 (2020/03/19 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
尾張守護であった斯波義重が築城したとされる。1476年に、戦乱により守護所であった下津城が焼失したため、1478年に清須に移転した。伊勢街道が合流する交通の要衝でもあったことから、尾張の政治・経済の中心として栄えた。桶狭間の戦いに勝利した織田信長が、清須に入り、天下統一への第一歩を踏み出した。その後、清州同盟や清州会議の舞台となる。豊臣政権下では、豊臣秀次や福島正則の居城を経て、関ヶ原の戦いでは、東軍の最前線の城となる。名古屋城へ政治・経済の機能が移転したため廃城となる。現在、石垣が遺されている。

<アクセス>
JR清洲駅 徒歩15分

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 型式不明[階層不明/1586年築/解体]、複合式望楼型[3重4階/1989年築/RC造模擬]
築城主 斯波義重
築城年 応永12年(1405)
主な改修者 織田信長、織田信雄
主な城主 斯波氏、織田氏、福島氏、徳川氏
廃城年 慶長15年(1610)
遺構 移築櫓(名古屋城)、土塁
再建造物 模擬天守、石碑、説明板
住所 愛知県清須市清洲古城、清州3他
問い合わせ先 清洲城管理事務所
問い合わせ先電話番号 052-409-7330