日本100名城

いわむらじょう

岩村城

岐阜県恵那市

別名 : 霧ヶ城

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岩村城
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ティムール

山の中の神秘的なお城 (2019/01/25 訪問)

苗木城に続き東美濃の名城へ。駅から続く城下町を通りお城を目指す。朝ドラの舞台にもなった美しい城下町なのだが、平日で、しかも北風か厳しく雪までちらつく天候のためか、人通りは少ない。麓からなかなか険しい山道を登っていく。見所にはQRコード付きの看板があり、読み込むと当時の姿の再現画像が見れる。山頂に着くとまず六段の石垣が出迎える。鬱蒼とした林の中にそびえる複雑に入り組んだ石垣は神秘的で圧巻の一言。しばらく見惚れていたのですが、風と雪が強くなり気温も氷点下に。軽装で来てしまったことを後悔しながら下山。帰りに酒蔵の直営店でお艶の方の伝承にちなんだ日本酒「女城主」をお土産に買ってかえりました。

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夏の雪だるま

悲劇の女城主の城 (2016/09/23 訪問)

日本の百名城の一つ岐阜県恵那市の岩村城です。比高日本一の高取城(奈良県)、天守閣が残る城として標高日本一の備中松山城(岡山県)と並び江戸諸藩の府城の中で最も標高が高い日本三大山城の一つともなっています。鎌倉時代、源頼朝の重臣加藤景廉がこの地の地頭に任ぜられ遠山氏を名乗り城館を築いたのが始まりとされ、その後、鎌倉から戦国時代まで美濃遠山氏の居城となっています。戦国時代になると、この地は信濃・美濃勢力の接点に位置したため、各勢力の抗争が激しくなると本格的な城に改修されます。1550年代前半武田信玄は信濃小笠原氏を攻略・木曽氏を従属させ、中信地方を支配下に置き、東美濃の岩村城遠山氏も武田氏に従わせます。しかし、遠山氏は台頭してきた織田信長とも好みを結び信長の叔母のおつやの方と遠山景任が婚姻。1571年景任が病没すると信長は幼少の五男坊丸を遠山氏の養子に入れ、おつやの方が後見人として城主となり、岩村城は実質織田氏の支配下となります。1572年武田信玄が西上作戦で徳川家康の遠江へ侵攻すると、別働隊で秋山信友が東美濃の岩村城へ侵攻。おつやの方へ使者を送り調略し、信友とおつやの方が婚姻することで岩村城は無血開城します。信玄亡き後、1575年長篠の戦いで武田勝頼が織田・徳川連合軍に敗れると信長は嫡子信忠の軍勢で岩村城攻撃を開始。織田軍は大軍で攻め立てますが城兵は頑強に抵抗、籠城5ヶ月秋山信友は助命を条件に降伏。しかし信長は信友・おつやの方をとらえると処刑し、城兵も殺害されたとされます。その後、岩村城は信長家臣川尻氏が城主となり改修、現在の城郭に近いものとなったとされます。本能寺の変で信長が亡くなると森氏が城主となり17年の歳月をかけ近世城郭に改修。その後、小牧長久手の戦いや関ヶ原の戦いで、城は戦いに巻き込まれますが、1601年松平氏が城主となり城主居館を山頂から山麓に移し城下町を整備。その後、丹羽氏、松平氏など譜代大名が城主となって明治維新を迎えています。城は最高所の標高が717mの本丸、二の丸、三の丸、八幡曲輪、東曲輪、帯曲輪、出丸、南曲輪などを配し、石垣で固められ多数の井戸がある要塞堅固な城で、明治維新により建物は壊されましたが、6段石垣などが有名な山城となっています。山麓の藩主邸跡に太鼓櫓、表御門、平重門が復元され、藩校知新館正門が移築されています。訪問日は麓の藩主邸跡では小雨でしたが、本丸付近は豪雨で、6段石垣が撮れず本丸付近の写真が非常に悪くすみません。再訪ができることを祈りながら退散しました。

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Moss

岩村城の石垣 (2018/12/04 訪問)

日本のマチュピチュ

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モト

100名城、美しい石垣を探検です。 (2018/11/21 訪問)

きれいな石垣が見られます。
その石垣の間をかいくぐりながら城跡を探検です。
山の上まで車で行くと出丸跡が駐車場になっています。
駐車場からはやくも本丸の西面の立派な石垣が目に飛び込んできます。
1つおススメしたいことがあります。
各ポイントにQRコードがついた案内板があります。
携帯で読み取ると音声付きの詳しい案内が動画で見ることができます。
当時は建物がどういう風に建っていたのかという画像が見れ、わかりやすく、イメージもしやすいのでこれはお試しください。
下から段々になった石垣を眺めて、これはすごいと思わず口から出てしまいました。
一言で言うとめちゃくちゃうつくしいです。
ここでも先ほどの説明板たちがより鮮明にイメージさせてくれ、当時の立派な城が浮かびます。

ここは言うまでもなく昔から人気の城跡です。
さらに少し前の大河ドラマの女城主で注目を浴びた城跡です。
それも影響しているのか、平日の夕方に行ったのですが、その時間でも次々に訪れる人がいました。


ちなみに麓には城下町のような街道があります。
ここも雰囲気がありました。
その中に酒屋で女城主というところがありますが、そこのお酒は美味しいですよ!

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概要

山城では日本で最も高い標高約717mの地に築かれ、高取城、備中松山城と並んで日本三大山城と呼ばれている。山頂・山腹に数多くの曲輪群が階段状に配され、山麓には居館群があった。本丸、二の丸、八幡曲輪、東曲輪がよく残り、本丸北東面に積み上げられた6段の石垣が壮観。

イベント情報

  • 2019年02月02日(土)~2019年03月31日(日)

    岩村城

    岐阜の宝もの東美濃の山城を制覇せよ! ~ 春の「東美濃の山城周遊スタンプラリー」スタート! ~

    岩村城跡、苗木城跡、美濃金山城跡の岐阜の三山城を制覇できる周遊スタンプラリーが今年も開催されます。注目は参加特典の「山城カード」で、各山城の再現CGが描かれた新デザインにリニューアル!各城先着1200枚限定、平成最後の山城カードをぜひ手に入れよう! 三城制覇した人には、先着1000枚限定で特製東美濃のト ートバッグ のプレゼントも。詳しくはホームページをご確認ください。参加料:無料 (すべて有料施設内に入館後、スタンプ押印) ※各カード、トートバッグはなくなり次第、配布終了。

    • 会場名岩村歴史資料館、苗木遠山史料館、可児市戦国山城ミュージアム
    • 住所岐阜県恵那市岩村町98 ほか
    • お問い合わせ東美濃歴史街道協議会「東美濃の山城」推進部会事務局(可児市観光交流課内)TEL:0574-62-1111
    • URLhttps://www.kankou-gifu.jp/yamajiro/

※ 内容は変更となる可能性があります、予めご了承くださいませ。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 文治元年(1185)、永正年間(1504~21)、天正3年~慶長年間(1575~1615)
築城者 加藤景廉(伝)、遠山氏、河尻秀隆、各務兵庫、松平家乗
主要城主 遠山氏、秋山氏、河尻氏、団氏、各務氏(城代)、田丸氏、松平(大給)氏、丹羽氏、松平(大給分家)氏
文化財史跡区分 県指定史跡
近年の主な復元・整備 平成2年に太鼓櫓、表御門、平重門などを再建
天守の現況・形態 -
主な関連施設 岩村歴史資料館、民俗資料館、御殿茶室、藩校知新館正門
主な遺構 曲輪、堀切、門跡、井戸、櫓台
住所 岐阜県恵那市岩村町
問い合わせ先 岩村振興事務所
問い合わせ先電話番号 0573-43-2111