日本100名城

いわむらじょう

岩村城

岐阜県恵那市

別名 : 霧ヶ城

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岩村城
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昌官忠

岐阜愛知遠征2日間③ (2018/11/23 訪問)

岐阜愛知遠征2日間の3城目は岩村城です。100名城スタンプは岩村歴史資料館で押しました。
小牧山城からの転戦です。小牧山城➡小牧市市役所前(名鉄バス)➡名鉄バスセンター➡名古屋駅➡恵那駅➡岩村駅に到着。そこから徒歩30分弱で岩村城に着きました。
日本三大山城のひとつ(残り二つは備中松山城と高取城)であり、織田信長の叔母にあたり絶世の美女だったと伝わる「おつやの方」が女城主として守っていたことで知られています。
この城の見所は何といっても石垣でしょう。石垣の中でも圧巻は六段からなる本丸の石垣。雛壇に築かれた石垣は背面の高石垣の崩落を防ぐ補強の石垣だそうです。
城下町は「半分、青い。」ドラマロケ地だったそうですが、自分は見ていませんでした。攻城時間は100分くらいでした。
帰りは岩村駅から本日の宿泊先の豊橋駅に向かいました。

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城とら

日本三大山城 (2009/06/13 訪問)

11年も前の画像ですがこの時が3度目の登城でした。
最初は本丸の近くにある駐車場まで車で行きましたが
この時は歴史資料館に車を止めて徒歩で本丸まで歩きました。
藩主邸から整備された急坂な石畳の道を登ると所々に石垣があり
見るポイントはたくさんあります。
坂道を上り切ると高く積まれた六段の石垣が出迎えてくれ感動です。

城下町には日本酒女城主の酒蔵と昔ながらのカステラを作るお店があります

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ヒロケン

壮大な石垣と数々の逸話 (2020/10/12 訪問)

岩村城は源頼朝の家臣・加藤景廉によって築城され、明治維新まで七百年にわたり存続した名城で日本三大山城に選定されています。
急峻な山頂に壮大な石垣を巧みに構えた近世山城の代表格として城郭ファンにはつとに知られ江戸時代の府城の中では最も高所の717mの山頂一帯に大規模な城郭が構えられていました。(現在は、建物はありませんが1.7kmにも及ぶ壮大な石垣が残っている)
岩村城は「日本三大山城」「最高所の山城」の他に、霧ヶ井という井戸にに蛇の骨を投じると霧が湧き出て城を守る「霧が城伝説」、戦国時代末期の城主遠山景任が病没し、養子として迎えていた織田信長の五男御坊丸がまだ幼少であったため、その夫人おつや(織田信長の叔母)が実質的な城主を務めた「女城主」と数々の逸話を今に伝えている城跡です。(パンフより)

盆休み以降連休が無く、家から比較的近い(車で2時間半)3年ぶりの岩村城に訪城。藩主邸跡に駐車(無料)し、徒歩で本丸を目指す(登城口から本丸まで800m)。本丸に程近い出丸にも駐車できますが(無料)、この日は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている町並みも散策する予定もあり藩主邸跡に駐車しました。

5度目の訪城ですが、要所に説明板がありQRコード(全10カ所)を読み取ると再現CGビューアで岩村城を楽しむことができ、飽きることなく城跡を堪能できます。

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宗春

岩村城 (2018/11/24 訪問)

写真を整理していたら、まだ投稿していないお城があったので、少し前の登城ですが、写真を投稿します。

いゃ〜岩村城は何度来ても良いですよねー。

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概要

山城では日本で最も高い標高約717mの地に築かれ、高取城、備中松山城と並んで日本三大山城と呼ばれている。山頂・山腹に数多くの曲輪群が階段状に配され、山麓には居館群があった。本丸、二の丸、八幡曲輪、東曲輪がよく残り、本丸北東面に積み上げられた6段の石垣が壮観。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 文治元年(1185)、永正年間(1504~21)、天正3年~慶長年間(1575~1615)
築城者 加藤景廉(伝)、遠山氏、河尻秀隆、各務兵庫、松平家乗
主要城主 遠山氏、秋山氏、河尻氏、団氏、各務氏(城代)、田丸氏、松平(大給)氏、丹羽氏、松平(大給分家)氏
文化財史跡区分 県指定史跡
近年の主な復元・整備 平成2年に太鼓櫓、表御門、平重門などを再建
天守の現況・形態 -
主な関連施設 岩村歴史資料館、民俗資料館、御殿茶室、藩校知新館正門
主な遺構 曲輪、堀切、門跡、井戸、櫓台
住所 岐阜県恵那市岩村町
問い合わせ先 岩村振興事務所
問い合わせ先電話番号 0573-43-2111