日本100名城

いわむらじょう

岩村城

岐阜県恵那市

別名 : 霧ヶ城

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岩村城
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あじふらい

岩村城 (2018/04/29 訪問)

石垣と苔のコントラストが素敵でした。帰りに城下町を散策。ゴールデンウィークというのもあり、とても混んでいました。

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スミヤキ

輝く女性の城下町岩村 (2019/02/22 訪問)

信濃・三河に通じる東美濃の要衝岩村、標高717m 天然の峻険な地形を活用した要害堅固な山城です。麓にある城下町は、江戸時代の商家、町家が残り町並みも素敵です。街中の玄関先に各家庭のおかみさんを紹介した「のれん」がかけられ、女性が主役の町です。是非とも立ち寄って、城攻めの準備を整えてください。水分補給用の飲み物、ご褒美のスイーツ(おすすめは、岩村カステーラ・五平餅)。

岩村歴史資料館にて、新鮮な情報と地図、パンフレットを手にして、登城口から正攻法の城攻めになります。上りが苦手な方、覚悟して下さい。かなりきついです。久々にゼエゼエさせていただきました!

城の名所、チェック箇所にQR コードつき案内板があり、音声ガイドになっており、当時の姿を確認できます。見ごたえあり、休憩も兼ねます。やっぱり石垣が凄いです。本丸までたどり着くと達成感、あります。スイーツも3割増しで美味しくなっています!

体力に自信の無い方、安心して下さい。本丸脇の出丸まで車で行けます。いいとこ取り、出来ちゃいます。日本三大山城の醍醐味を味わいたい方は、歴史資料館から石畳を登りましょう。

戦国期の女城主が有名ですが、近代女子教育の先駆者下田歌子女史も岩村出身の凄い方です。
4月3日まで「いわむら城下町のひなまつり」も開催されています。
4月上旬には「恵那峡さくらまつり」と華やか、艶やかなイベントが続きますね!
また、3月末まで岩村歴史資料館では、東美濃の山城周遊スタンプラリーやってます。限定山城カードがもらえます。

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ティムール

山の中の神秘的なお城 (2019/01/25 訪問)

苗木城に続き東美濃の名城へ。駅から続く城下町を通りお城を目指す。朝ドラの舞台にもなった美しい城下町なのだが、平日で、しかも北風か厳しく雪までちらつく天候のためか、人通りは少ない。麓からなかなか険しい山道を登っていく。見所にはQRコード付きの看板があり、読み込むと当時の姿の再現画像が見れる。山頂に着くとまず六段の石垣が出迎える。鬱蒼とした林の中にそびえる複雑に入り組んだ石垣は神秘的で圧巻の一言。しばらく見惚れていたのですが、風と雪が強くなり気温も氷点下に。軽装で来てしまったことを後悔しながら下山。帰りに酒蔵の直営店でお艶の方の伝承にちなんだ日本酒「女城主」をお土産に買ってかえりました。

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夏の雪だるま

悲劇の女城主の城 (2016/09/23 訪問)

日本の百名城の一つ岐阜県恵那市の岩村城です。比高日本一の高取城(奈良県)、天守閣が残る城として標高日本一の備中松山城(岡山県)と並び江戸諸藩の府城の中で最も標高が高い日本三大山城の一つともなっています。鎌倉時代、源頼朝の重臣加藤景廉がこの地の地頭に任ぜられ遠山氏を名乗り城館を築いたのが始まりとされ、その後、鎌倉から戦国時代まで美濃遠山氏の居城となっています。戦国時代になると、この地は信濃・美濃勢力の接点に位置したため、各勢力の抗争が激しくなると本格的な城に改修されます。1550年代前半武田信玄は信濃小笠原氏を攻略・木曽氏を従属させ、中信地方を支配下に置き、東美濃の岩村城遠山氏も武田氏に従わせます。しかし、遠山氏は台頭してきた織田信長とも好みを結び信長の叔母のおつやの方と遠山景任が婚姻。1571年景任が病没すると信長は幼少の五男坊丸を遠山氏の養子に入れ、おつやの方が後見人として城主となり、岩村城は実質織田氏の支配下となります。1572年武田信玄が西上作戦で徳川家康の遠江へ侵攻すると、別働隊で秋山信友が東美濃の岩村城へ侵攻。おつやの方へ使者を送り調略し、信友とおつやの方が婚姻することで岩村城は無血開城します。信玄亡き後、1575年長篠の戦いで武田勝頼が織田・徳川連合軍に敗れると信長は嫡子信忠の軍勢で岩村城攻撃を開始。織田軍は大軍で攻め立てますが城兵は頑強に抵抗、籠城5ヶ月秋山信友は助命を条件に降伏。しかし信長は信友・おつやの方をとらえると処刑し、城兵も殺害されたとされます。その後、岩村城は信長家臣川尻氏が城主となり改修、現在の城郭に近いものとなったとされます。本能寺の変で信長が亡くなると森氏が城主となり17年の歳月をかけ近世城郭に改修。その後、小牧長久手の戦いや関ヶ原の戦いで、城は戦いに巻き込まれますが、1601年松平氏が城主となり城主居館を山頂から山麓に移し城下町を整備。その後、丹羽氏、松平氏など譜代大名が城主となって明治維新を迎えています。城は最高所の標高が717mの本丸、二の丸、三の丸、八幡曲輪、東曲輪、帯曲輪、出丸、南曲輪などを配し、石垣で固められ多数の井戸がある要塞堅固な城で、明治維新により建物は壊されましたが、6段石垣などが有名な山城となっています。山麓の藩主邸跡に太鼓櫓、表御門、平重門が復元され、藩校知新館正門が移築されています。訪問日は麓の藩主邸跡では小雨でしたが、本丸付近は豪雨で、6段石垣が撮れず本丸付近の写真が非常に悪くすみません。再訪ができることを祈りながら退散しました。

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概要

山城では日本で最も高い標高約717mの地に築かれ、高取城、備中松山城と並んで日本三大山城と呼ばれている。山頂・山腹に数多くの曲輪群が階段状に配され、山麓には居館群があった。本丸、二の丸、八幡曲輪、東曲輪がよく残り、本丸北東面に積み上げられた6段の石垣が壮観。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 文治元年(1185)、永正年間(1504~21)、天正3年~慶長年間(1575~1615)
築城者 加藤景廉(伝)、遠山氏、河尻秀隆、各務兵庫、松平家乗
主要城主 遠山氏、秋山氏、河尻氏、団氏、各務氏(城代)、田丸氏、松平(大給)氏、丹羽氏、松平(大給分家)氏
文化財史跡区分 県指定史跡
近年の主な復元・整備 平成2年に太鼓櫓、表御門、平重門などを再建
天守の現況・形態 -
主な関連施設 岩村歴史資料館、民俗資料館、御殿茶室、藩校知新館正門
主な遺構 曲輪、堀切、門跡、井戸、櫓台
住所 岐阜県恵那市岩村町
問い合わせ先 岩村振興事務所
問い合わせ先電話番号 0573-43-2111