続日本100名城

たかてんじんじょう

高天神城

静岡県掛川市

別名 : 鶴舞城
旧国名 : 遠江

投稿する
高天神城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

しんちゃん

結局 大池か・・  さらば金魚 (2024/06/29 訪問)

香川先生の書かれた高天神城の図にも堰が築かれた大池が描かれています(ググってみてください)。大事な水の手なのでここを城兵が守っていたのではないでしょうか。
広島藩主浅野家に伝わる浅野文庫所蔵「諸国古城之図」の中に「高天神城」もあって、大池は枯れ、はるか南東に溜め池が描かれています。伝承が確かであれば、井伊直政によって堰を切られた大池の水がここに溜り、農業などに転用する目的で新たに堰を築いたのかもしれません。良く見ると大池の下流に二重の堰の跡らしいものも見えます。残念ながら現在の周囲の地形は大幅に変わっており、それらの遺構を確認することは出来ません。
掛川市の文化財課の方に聞いてみると、二の丸跡の発掘調査で大量の瓶(かめ)が見つかったそうです。瓶の中には穀物などの有った形跡は無かったそうなので、雨水や大池の水を溜め置いたものでしょう。やはり城内では水を自給できなかったようです。
ちなみに「かな井戸」の猫の話や「諸国古城之図」などのヒントもこの方から頂きました。おそらく、この御人は全部見当がついていると思うんですよ。知っていて、はっきりとは教えてくれない・・「自分で考えて見なさい」ということだと思います(感謝)。
自分の考えが及ぶのはここまでです。「高天神城」の水の手の新しい情報があったら是非、教えていただきたいと思います。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

高天神城の水の手の謎 (2025/01/19 訪問)

高天神城の築かれている山は古大井川の流れが運んできた堆積物によって成る高天神礫層で形成されています。この地層、とても水はけが良いです。逆に言えば非常に水持ちの悪い山です。
そんな山に築かれているので、高天神城の城兵は水の確保に苦労したと思います。三日月池(金魚・・)は通年水を湛えていますが、これは下にコンクリートを張って有るためです。規模も小さいので水の手の候補からは除外します。

水の手と思われる箇所は三つ。一つ目は井戸曲輪にある「かな井戸」、城内にある井戸らしい井戸はここだけです。
二つ目は二の丸の北の谷を降って行った先にある「沢」・・でも今年1月に訪問した時には水は流れていませんでした。冬季には沢の水も枯れているようなので、これは水の手としては有力ではありません。
三つ目は・・現在の大池のある場所に築かれていたであろう「ため池(大池)」江戸時代に書かれた古城の図には大池の南東へしばらく行った先に池らしきものが描かれています。

かな井戸に話を戻すと、かな井戸のある曲輪はおおよそ標高110m前後の位置にあります。数年前、かな井戸にのら猫が落ちたという事件があり、その救出作業の際に井戸の深さがおよそ13mであることが解りました。救出者の証言では井戸の側面に採掘の跡は無かったとのことです。
24年の6月21日ごろに、ある程度のまとまった量の雨が降ったので翌日に訪問してみました。井戸の底の標高は※標高97m前後だと思いますが、登城道の脇から水がどんどん染みだしていました。それが※標高97mあたりの場所なので、おそらく井戸にはほとんど水が溜まっていないはずです。実際に「かな井戸」には水が溜っているようには見えず、この程度の雨では役にたたないようです。
6月末に記録的な大雨が降ったので、訪問してみると数mは水が溜っているようでした。でも、すぐに下に染みだしていってしまうと思います。かな井戸がなぜ残されていたのかは不明ですが、これも水の手としては機能が不足しているようです。

となると残っているのは「大池」のみ。現在の大池の近くに池曲輪と呼ばれる曲輪があります。おそらくここから水を汲み上げていたのではないでしょうか?

※投稿内の標高の注記は記憶による部分が多いです。改めて地理院地図で調べた結果、一部を修正いたしました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

三日月井戸の金魚はどこに? (2025/01/19 訪問)

イオさんの「麒麟がくる紀行」楽しく読ませてもらいました。このところ会社が暇なので、空いた時間でこっそり読んでいます。できればまとめて読みたいので各々持論をまとめておけるコーナーみたいなものが有ると嬉しいですね。
高天神城は比較的近いので、24年から4度ほど来ています。トクさんの投稿にあった「高天神城の水の手」は私も気になっていたので調査も兼ねています。高天神城の武田方の命運が尽きた天正9年(1581)の城攻めは、乾燥した冬季に決着が付きました。
この際に井伊直政が間諜(忍者?)を用いて、用水を切り落としたので速やかに落城した、という逸話が残っています。城内の水源になりそうな場所は限られていますが、おおよその見当はついています。
久々に来たので北側の登城道の途中にある三日月井戸を見に行きます。この井戸は湧水が溜って出来た天然の井戸なのですが、2019年以前から金魚が住みついています。おそらく誰かが持ち込んだのでしょうが、井戸に自生する藻などを食べて生活しているようです。一時期より減ったものの三匹が生き残っていたのですが元気にしているかな・・?
居ない・・金魚がいなくなっています。猫の仕業でしょうか? それとも誰かが連れ去ってしまったのかな?
水の手も気になりますが、こちらも気になるわ・・

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

姫街道

一城別郭 (2025/03/15 訪問)

高天神城唯一の弱点と言われている西面の緩斜面の地形を補う「堂の尾曲輪」は何度見ても圧巻だ。城はH形状の一城別郭。中央を繋ぐ井戸曲輪部だが、何故堀切を打たなかったのだろう…。打つ必要が無かったのか?掘りたくても岩で掘れなかったのか?それなら何故井戸は掘れたのか?久しぶりに登城すると、以前とは違った見方が出来て楽しい。
伐採が行われていたり、案内看板も新調されていた。本丸、二ノ丸には複数の建物跡が確認出来ているらしい。建物復元も含めて再整備していって欲しい。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 16世紀前期
築城者 今川了俊
主要城主 福島氏?、小笠原氏、岡部氏
文化財史跡区分 国史跡(高天神城跡)
近年の主な復元・整備 武田勝頼
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、井戸
住所 静岡県掛川市上土方、下土方
問い合わせ先 掛川市役所観光交流課
問い合わせ先電話番号 0537-21-1121