続日本100名城

たかてんじんじょう

高天神城

静岡県掛川市

別名 : 鶴舞城(かくぶじょう)、土方城

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高天神城
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にのまる

付城のことをすっかり忘れていた(-"-) (2018/10/07 訪問)

掛川駅からバスだと「土 方」下車ですが、1コ前の「大東北公民館」で降りて先にスタンプ押して地図をもらってからがよいです。
いつものようにてれてれ歩いていると「千人塚」を発見。天正9年の落城時の死者が葬られた地だと…。どよ~ん。
茶畑を過ぎ、南入口から入ろうとしたら倒木で塞がれており、どよよ~ん。可能な限り大手から入ることにしているのですが、仕方がないので北駐車場側の搦手口へ。でも、途中で城の遠景をカメラに収めることができたので元気復活です。
小さめの山に見えたのに意外と急峻な坂を登り、途中、三日月池の小さな金魚たちに癒され、本丸に到達。土塁がしっかり残っていました。御前曲輪や模擬天守を失った土台を見て、スルーすることは許されない石牢へ。勝頼くんの仕打ちは荒木村重どころではないぞ。。。
そして西の丸(高天神社)を抜け、大堀切に感動し、馬場平へ。よい眺め♪
そこから続く「甚五郎抜け道」は、行ってもよかったのでしょうか?行けるものなら行ってみたかったけれど、人の気配は皆無。横田甚五郎尹松が甲州の勝頼くんの元へと馬を馳せた道。安易に進んで、勝頼くんが今いるところに行ってしまったらもう二度とスタンプ押せなくなるのでやめときました。
二の丸の先に祠と石碑が見えたのですが倒木で進めなかったのでズームで写真撮ってみたら鎮魂碑でした。ほかの場所にも何基かありました。凄まじい戦いだったのですね、どよよよ~ん。ここに下りられれば堀切の先の曲輪に上がれそうだったのだけれど行けませんでした。残念。
気を取り直して三の丸へ。富士山がきれいでした。さらに下っていくと着到櫓跡、追手門跡です。そのまま進むと、倒木ありの南駐車場です。どうやって帰ったかというと、そりゃぁもちろん・・・。

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小城 小次郎

高天神城

「高天神を制する者は遠州を制す」とまで言われた軍事上の要地にありながら、援軍に恵まれず落城の憂き目を見るという悲惨な攻城戦を少なくとも2回は体験している大変なお城でもある。

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モト

城址の遺構と大河内政局の石廊に感銘をうけました。 (2018/07/17 訪問)

搦手門から登っていきました。
舗装された石の階段になっていますが、角度があるのと長いのでけっこうきついです。
個人的には大河内政局の石廊跡が印象的です。
忠義を全うして8年間も牢屋で過ごすということは並大抵のことではできないことですし、そこまでできるくらい芯のある武士魂みたいな物に尊敬します。
また、かな井戸跡近辺は1番激戦が繰り広げられた場所とのこと、なかなか背筋が凍るような気がしました。
その先の神社や武田家が作った横堀や堀切も見応えあります。
雰囲気も遺構もかなり楽しめると思います。
訪問は夏よりは秋とかのがよいかもしれません。

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オダリン

家康と武田氏の争奪戦の城 (2013/02/21 訪問)

大河内源三郎幽閉の石牢もあった。

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城郭情報

城地種類 山城
築城年代 不明。永正10年(1513)以前に福島氏が在城していたことは確認できている
築城者 不明
主要城主 福島氏、小笠原氏、横田氏(城番、軍監)、岡部氏(城代)
文化財史跡区分 国指定史跡
主な関連施設 掛川市立大東図書館 郷土ゆかりの部屋
主な遺構 本丸、二の丸、西の丸、堀、土塁
住所 静岡県掛川市上土方、下土方
問い合わせ先 掛川市役所観光交流課
問い合わせ先電話番号 0537-21-1121