続日本100名城

たかてんじんじょう

高天神城

静岡県掛川市

別名 : 鶴舞城
旧国名 : 遠江

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高天神城
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しんしんちゃん

いごっそう (2024/05/25 訪問)

先ほどの投稿では大河内源三郎政局についての記述は有りませんでした。天正2年の第一次高天神城の戦いの際に城主小笠原長忠は武田勝頼に降伏します。この時、勝頼は寛大な対応を見せ、降伏後の挙動は各人自由としたので小笠原長忠は勝頼に臣従し、大須賀康高、渥美勝吉・坂部広勝・久世広宣らは高天神城を退去し浜松城の家康の下に帰還。大須賀康高は馬伏塚城から横須賀城の城主となり渥美・坂部ら帰還組は「横須賀衆」として康高の与力にとなりました。
高天神城の落城の際に、ただ一人、降伏をしなかった軍監・大河内政局は勝頼の怒りを買い、石牢に7年も幽閉され、救出された時には視力を失い、歩行も困難になっていたそうです。政局は出家し皆空と称しますが、小牧・長久手の戦いの際に徳川家康に召し出されて長久手にて戦死したそうです。出家までした人をわざわざ戦場に呼び戻すとは、家康さんも余裕がなかったのでしょうか? そのあたりの情報が不足しているので、ゆっくり調べてみたいですね。
勝頼さんにすれば、これだけ寛大な対応を見せているのになんで?ってっ感じですかね。

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しんしんちゃん

      M(エム)       (2024/05/25 訪問)

ちょっと足を山城に慣らしておきたかったので、リハビリを兼ねて高天神城に行ってきました。搦め手から攻めれば、比高もそんなに高くないし楽勝じゃね? と思って登ってみたけど、いやあ なかなかどうしてどうして、結構キツかったですわ。本丸と西の丸でいいかな~って思ってたけど、さすがに見所が多くて井楼曲輪まで訪問しちゃいました。
ずっと目の前にニンジンをぶら下げられている感じで、途中で足抜けさせてもらえない。さすがは続百名城ですな。井楼曲輪の前に二つ横たわる堀がえげつなくて、当然のように橋なんてかかってない。以前ならぴょんぴょん渡っていったところを、えっちらおっちら進んでいく。でも‥それがいい! 城攻めはしんどいのを楽しむのも、楽しみの一つだと気が付きました。何か扉が開いたような気がします。

いつも一緒に~いたかった~♪ 
それは別のエム!

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金魚にも出会えます (2024/03/22 訪問)

行政の職員さん?が整備中のようで数名おられたお陰で勇気をもらいいざ侵入。ぼっち女子で初見だと昼間でも薄暗く怖かったです。
神社まで上がった先に「甚五郎抜け道(犬戻り猿戻り)」という、軍艦横田甚五郎が落城を知らせるため尾根伝いに甲州の武田勝頼まで馬を走らせた難所の入口もあります。
石段も多いですが、堀切や抜け道辺りは雨天時足元要注意です。

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トベシュン

静岡県7城巡り (2024/03/24 訪問)

静岡県7城巡りしてきました。
山中城跡、興国寺城跡、駿府城跡、諏訪原城跡、高天神城跡、掛川城、浜松城

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城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 16世紀前期
築城者 今川了俊
主要城主 福島氏?、小笠原氏、岡部氏
文化財史跡区分 国史跡(高天神城跡)
近年の主な復元・整備 武田勝頼
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、井戸
住所 静岡県掛川市上土方、下土方
問い合わせ先 掛川市役所観光交流課
問い合わせ先電話番号 0537-21-1121