続日本100名城

たかてんじんじょう

高天神城

静岡県掛川市

別名 : 鶴舞城(かくぶじょう)、土方城

投稿する
高天神城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

街道おじさん

高天神城登城 (2020/03/16 訪問)

武田と徳川の戦いの舞台となった城。
一城別郭の城としても知られる。
本丸跡、堀切と歴史を感じさせる。
登城した日は天気も良く、富士山や遠州灘を望むことが出来た。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

びーこ

富士山とセットで眺めは最高! (2020/02/23 訪問)

掛川南部観光案内所でもらったパンフレット「掛川三城ものがたり」に乗っかり、横須賀城に続いて高天神城にも登城。搦手門から階段を数えながら(200強)本丸まで登ると、そこには絶景が!富士山が入るとなんでもグレードアップするなぁ。
ふくらはぎは限界に近かったが、もう少し頑張って高天神社も参拝。ご利益がありますように・・

+ 続きを読む

くっしー

武田と徳川が争った城 (2020/02/11 訪問)

いかにも戦国の城という感じがします。
強烈な竪堀と高低差のある曲輪群が特徴的なお城です。

築城は不明ですが、戦国時代には今川氏の支配下にあり、「桶狭間の戦い」の後に徳川家康が支配をします。
その後、武田勝頼が徳川家康から奪って支配するも、武田氏滅亡で廃城となります。

天然の要害で攻略の難しい城なのですが、西側に弱点があり、その弱点を突いて武田勝頼がこの城を奪ったそうです。
で、その弱点を補うために勝頼が作らせた「空堀」が残っています。
こういうストーリー性があるとまた城を見るのが楽しくなりますね!!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

諏訪原城から高天神城を攻め上がる (2020/01/10 訪問)

距離にして20km。諏訪原城から高天神城を攻めた。道中、高天神城に近くなると峠はあるが、さほどではなく、むしろ現在の菊川市中心部を通る事の方が気になった。ただ、「高天神城攻防城砦図」を見ても、諏訪原城から高天神城への道中、特に城や砦が無く、朝立てば昼には着いたかなとも思う(笑)さて、二回目の高天神城。北遠の山城を見てまわってきた影響からか、標高は高く感じない。良く言われる高天神城西側緩斜面も明らかに弱点だとわかる。井戸曲輪を挟んだH型の尾根形状。岩で堅く、弱点の西側尾根を切り捨てれずに必死で守ったのもわかる。それはさておき…今回気が付いたのは、加藤先生が講演会おっしゃっていた、本丸へ続く尾根の厳しさだ。現在の山道の横にひっそりと残っていた。きっと当時は現在の山道は無く、人一人がやっと通れる幅で、当時は岩山剥き出し状態。敵は、厳しい尾根を這うように本丸へ向かう途中、無残にも石でも投げられ、崖底へ落ちたのだろう。。。さらに、この城では「高天神城の六砦」が、凄く有効的だったと想像される。高天神城と砦の位置関係が抜群に良いように感じた。今回も北側駐車場から攻城したが、次回は南側や、西側緩斜面からの攻城に挑戦してみたい。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 不明。永正10年(1513)以前に福島氏が在城していたことは確認できている
築城者 不明
主要城主 福島氏、小笠原氏、横田氏(城番、軍監)、岡部氏(城代)
文化財史跡区分 国指定史跡
主な関連施設 掛川市立大東図書館 郷土ゆかりの部屋
主な遺構 本丸、二の丸、西の丸、堀、土塁
住所 静岡県掛川市上土方、下土方
問い合わせ先 掛川市役所観光交流課
問い合わせ先電話番号 0537-21-1121