続日本100名城

うすきじょう

臼杵城

大分県臼杵市

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臼杵城
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takatch

丹生島と国崩し (2018/04/30 訪問)

臼杵市中心部にある丘に、臼杵城あり。
今でこそ陸地ですが、当時は島(丹生島)。
丹生島城という別名はここから由来。
干潮時のみ陸続きとなる陸繋島だったそうな。

築城は、豊後国はじめ隆盛時には九州六カ国を治めた大友宗麟公。
以後、大友氏の主な本拠地へ。
南蛮船も来航し、城下町には教会などキリスト教信仰施設があり、キリスト教信者も多かったそうです。

1586年12月、戸次川の戦いにて、島津軍が四国連合軍を倒し、豊後を次々と攻めます。

そして、丹生島の戦いへ。
大友軍は、「国崩し(くにくずし)」とよばれたポルトガル製の大砲で、島津軍に応戦。
頂上の臼杵公園内に、国崩しのレプリカ像あり。


その後、宗麟公は豊臣秀吉公に九州出兵を要請→秀吉公は九州出兵を実施→島津軍は撤退を余儀なくされました。

臼杵城を死守した宗麟公は、翌1587年5月6日に死去。
のちに、息子である大友義統公が朝鮮出兵時の失態で豊後改易→福原氏が入城→福原氏が豊後府内城へ移ったのち、太田氏が入城→関ヶ原の戦いで西軍に与していた太田氏が降服→郡上八幡城主の稲葉氏が入城、以後明治維新まで15代続いたそうです。


城内には、大手門、本丸址、卯寅櫓、臼杵護国神社などあり。
市民の憩いの公園ともなっております。


JR日豊本線臼杵駅から徒歩10~15分程度。
続日本100名城スタンプは、麓の臼杵観光交流センターにあり。

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kucucu

現存櫓 (2018/04/30 訪問)

現存櫓が二箇所、石垣もよく残っています。
スタンプ置き場の観光プラザには無料駐車場がありますが、この日は催し物があったせいか地元の車で満車でした。

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松ぼっくり

市内にたたずむ公園になっています (2014/05/20 訪問)

城壁は往時の名残を残していますが、城そのものは天守閣などは現存しておらず、城内は広大な公園になっており、桜の季節には花見客で賑わう花見スポットです。
戦国武将、大友 宗麟に関係のある大砲のレプリカなどが公園の片隅にひっそりと建てられています。

臼杵市そのものはこの臼杵城の城下町の頃から街の構造はそれほど変わっていないらしく、比較的海に近い場所にある臼杵城はキリシタン大名で知られ、南蛮貿易に興味があった大友氏の人柄がうかがえる立地です。

臼杵市は他にも江戸時代にオランダ船リーフデ号が漂着し、乗員を助けるなど外国との関わりが深い土地でもあります。
市内もそういった戦国時代や江戸時代でも若干特殊な歴史をしのんだ記念碑が多く、戦国時代や江戸時代ファンでもまた違ったかの時代を知ることができます。

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todo94

続日本100名城・2つ目 (2018/04/14 訪問)

大友宗麟の隠居城。ここも傘のいらない程度の雨で助かった。

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イベント情報

  • 2018年02月28日(水)~2018年05月28日(月)

    臼杵城

    企画展 「臼杵の学びと教え~小藩分立がもたらした地域教育力~」

    小藩の分立により各藩独自の教育が行われた大分では、明治時代になると日本の近代化に貢献する人材を多く輩出しました。この企画展では臼杵藩で行われた教育を資料から紹介します。入館料:一般320円、学生160円

※ 内容は変更となる可能性があります、予めご了承くださいませ。

城郭情報

城地種類 嶋城
築城年代 弘治2年(1556年)
築城者 大友義鎮
主要城主 大友義鎮、福原直高、太田一吉、稲葉氏
文化財史跡区分 県指定史跡
近年の主な復元・整備 大門櫓、時鐘櫓
主な関連施設 臼杵市歴史資料館
主な遺構 畳櫓、卯寅口門脇櫓、西の丸居館庭園、天守台、石垣など
住所 大分県臼杵市臼杵1175
問い合わせ先 臼杵市観光情報協会
問い合わせ先電話番号 0972-64-7130