一之瀬城東の城西の城を終えてナビで五ヶ所城を目指すが近いからと県道721号線を選び大変な思いをしてしまう、狭く曲がりくねって離合不可の峠道、轍は有るので通行はしてる様子、対向車が来たらどうしようとの不安の約6㎞、国道260号線に出てほっとし全行程約20㎞で五ヶ所城へ、愛洲の館駐車場に到着。
駐車場:愛洲の館の駐車場を利用(34°21'18"N 136°42'07"E) 愛洲館の南側で広い駐車場
登城ルート:東に鍛錬の段、高くて急な石段を登る、これがきつい、登ると公園で緊急の津波の避難場所に成っている、愛洲剣士の案内板で北に本丸へ、竹林、樹木で鬱蒼としてる、本丸は二段の横堀が囲み見所?、深くて広い、本丸には案内板と五ヶ所城址の石碑、愛洲公顕彰碑が立ている、本丸から周囲の横堀を眺める。
降りて愛洲氏居館跡を訪ねる、愛洲氏の墓所である塔頭を訪ねるが不案内でたどり着けず、元に戻って鍛錬の段の急な石段から駐車場へ、愛洲の館によって資料を頂く。
こじんまりとして本丸を二重に横堀が取り囲んでる所が見所でしょうか、堪能しました。
歴史は一之瀬城でも書きました愛洲氏の居城、愛洲氏は南朝方として活躍、後に北畠氏の配下として長くこの地で勢力を振るった、戦国期織田信長の伊勢侵攻で北畠氏、愛洲氏も滅んだ。
また愛洲氏の中から愛洲移香齋久忠が誕生して、各地で修業し九州鵜戸の岩屋に籠り剣の奥義を悟って、愛洲影流を開き天下に広めた、影流は上泉伊勢守信綱に新陰流として継承され、柳生石舟斎の柳生新陰流はじめ二百余りの流派が誕生したと伝わる。
影流の開祖である愛洲移香齋は剣術の始祖、「剣祖」として剣術家の尊敬を集めている。(案内板より)
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