しょうりゅうじじょう

勝龍寺城

京都府長岡京市

別名 : 勝竜寺城、小竜寺城
旧国名 : 山城

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まーやん

大河で盛り上がってるかな~?(笑) (2020/08/01 訪問)

沼田丸の堀跡あたりにある駐車場に停車し登城した。
勝龍寺城址は本丸の堀や櫓、天守と造りが美しく、何と言っても今年は細川忠興と玉の銅像がいいと思う🤭
沼田丸では名水が無料で飲める水呑場のイメージしかないが、細川藤孝の妻沼田麝香(じゃこう)の親元をリスペクトした名だとか。知らなかった。
城域は北は神足神社あたりから南は勝龍寺辺りまであったらしい。西国街道の押さえる要衝である。

一応、大河効果かそこそこ人が来られていた。安心した。

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中川藤兵衛尉

青龍寺城 (2020/06/07 訪問)

二年振りに登城したら、看板が一新されていました

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にのまるさんの質問に対する答え (2019/12/10 訪問)

勝龍寺城の近くにある神社とその周辺の土塁と空堀跡についてのご質問と思います。
その神社は、神足神社と言います。
神の足と書いて「こうたり」と言います。
即ち、こうたり神社が正解です。
この神足神社に昔、国人の神足氏の居館があり、神足城と呼ばれておりました。
そして、細川藤孝がこの神足城を勝龍寺城を組み込んでいきました。
今は、この神足神社の周辺に土塁と空堀跡が整備されて残っております。
毎年、ガラシャ祭りがありますが今年はコロナの関係で開催出来ないかもしれませんね。
僕は、ここに昨年3回も訪れております。

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じゅんじん

明智光秀ゆかりの地 (2008/06/14 訪問)

山崎の戦い

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城郭情報

分類・構造 梯郭式平城
天守構造 御主(天守相当の櫓)[階層不明/1571年頃築/破却]
築城主 細川頼春
築城年 延元4年〔南朝〕/暦応2年〔北朝〕(1339)
主な改修者 細川藤孝
主な城主 細川氏、永井氏
廃城年 慶安2年(1649)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸
再建造物 模擬石垣、櫓、石碑、説明板
住所 京都府長岡京市勝竜寺13-1
問い合わせ先 長岡京市都市整備課公園緑地係
問い合わせ先電話番号 075-955-9716