「隠密を だます縄張り 宇和島城」(おんみつを だますなわばり うわじまじょう)
20年前家内との四国西部城探訪、木造復元大洲城天守閣を主にしての旅、20代初めに四国一周城探訪以来の2度目登城でした。
宇和島城は藤堂高虎の縄張、石垣構築、文禄頃の三層天守と聞いております、江戸期に入り伊達政宗の長子秀宗が10万石で入封し現在残ってる三層天守の構造に改まったとも云われている。
外郭は5角形で4角形の縄張予想を騙すように仕掛けているとも、巧妙な縄張でしたと、しかし外郭をぐるりとは1周して確認して居りません。グーグルマップ航空写真で見ると5角形を確認朱る事が出来ます、現在は便利になりました。下城後伊達市博物館と同庭園を見学しました。
その後愛南町経由で土佐に抜けた折り3度目の登城をしております。
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