日本100名城 現存12天守

うわじまじょう

宇和島城

愛媛県宇和島市

別名 : 鶴島城、板島城、丸串城
旧国名 : 伊予

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宇和島城
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ニコ・ロビン

宇和( ・᷄ㅂ・᷅ )島! (2017/09/05 訪問)

三層三階の( ・᷄ㅂ・᷅ )可愛い天守閣
中は色々ガチャついてるのが残念
ほづみ亭の鯛飯は( ・᷄ㅂ・᷅ )サイコー

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ヒロケン

築城の名人藤堂高虎公の縄張り (2022/08/17 訪問)

宇和島城は、宇和島の中心に位置する標高約80mの丘陵に築かれた梯郭式の平山城で、最上部に本丸が置かれ、それを二の丸、藤兵衛丸、代右衛門丸、長門丸が囲んでおり、三の丸には伊達秀宗公の時代、伏見城から移築された屋敷があったとされ、17の門と33の櫓があったとされています。
宇和島城は、築城の名人として名高い戦国武将、藤堂高虎公によって慶長元年から5年の歳月をかけて築城されました。かつては大半が海に面しており、地形をうまく利用した縄張りで堀も築かれていましたが、現在は埋め立てられています。
その後、慶長20年に伊達政宗公の長男、伊達秀宗公が宇和郡10万石を拝領して宇和島城へ入城、現在残る天守は、2代伊達宗利公が城を大改修し、藤堂高虎公が岩盤の上に築いた望楼型天守から、石垣造りの天守台を持つ層塔型天守に変え築いたものが現在に残っています。また、この時に多くの石垣や櫓を修築しており、現在の姿にしています。

海城としても名高い宇和島城へは10年振り2度目の訪問です。10年前は行ったことに満足してしまい、見逃していたところが多々あり、いつか再訪しようと狙っていました。
この城の見所は国指定の重要文化財に指定されている、現存の層塔型天守です。千鳥破風・唐破風を層ごとに変化をつけた屋根が優美さを醸し出しています。また、上り立ち門は搦手口にある現存の門、桑折氏武家長屋門は家老の桑折氏屋敷にあった長屋門を移築したもので見所の一つです。
そして何と言っても石垣です。古い時代に積まれた石垣と、新しい時代に積まれた石垣が時代の流れを象徴しており、守り抜いてきたその時代の先人達のことを思うと感慨深いものがあります。

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侍ホリタン

西国の伊達家9代の居城を訪ねて (2021/12/30 訪問)

伊達家といえば仙台を思い浮かべる方が多いと思いますが、宇和島藩も大阪冬の陣の武功として政宗の長男秀宗が宇和島城に入城してから伊達家9代が治めていくことになります。
現存12天守の一つですが、現在の層塔型天守は2代目宗利が藤堂高虎が建てた望楼型天守を撤去して新たに建てたものです。駐車場は桑折氏武家長屋門の近く観光情報センター隣の駐車場が便利です。天守は80mの城山頂上付近にあるので石段、登山道を登って行くことになります。

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くらのり

宇和島城 (2017/08/26 訪問)

江戸時代は宇和島藩の藩庁となり、城跡は国の史跡に指定。中世期にあった丸串城の跡地に、藤堂高虎によって築城された近世城郭。標高73mの丘陵とその一体に、山頂の本丸を中心にそれを囲むように二の丸、北に藤兵衛丸、西に代右衛門丸を配置した平山城。東には海水を引き込んで、水堀、西半分が海に接しているので海城でもありました。
現在の天守は2代目の伊達宗利氏の独立式層塔型3重3階ですが、縄張りそのものに関しては築城の名手として知られる藤堂高虎が創建した複合式望楼型の三重天守の当時の形を活用され、建て替えられました。

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概要

中世の山城・板島丸串城を藤堂高虎が近世城郭化。高虎が造った天守は三重三階の望楼型だったが、現存しているのは伊達宗利が建てた層塔型。防衛用の狭間も石落もなくなり、千鳥破風や唐破風など装飾性の高い天守に仕上がっている。また、時代や技法の異なる石垣が城内の各所で見られるのも特徴的。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 天慶4年(941)
築城者 橘遠保
主要城主 藤堂氏、伊達氏
文化財史跡区分 国重要文化財(天守)、国史跡(宇和島城)、宇和島市文化財(上り立ち門)
近年の主な復元・整備 藤堂高虎、伊達宗利
天守の現況・形態 複合式望楼型[3重3階/1601年築/解体(改築)]、独立式層塔型[3重3階/1671年改/現存]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、石垣、門、横堀
住所 愛媛県宇和島市丸之内1
問い合わせ先 宇和島市教育委員会文化課
問い合わせ先電話番号 0895-49-7033