日本100名城

いちじょうだにじょう

一乗谷城

福井県福井市


旧国名 : 越前

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一乗谷城
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第二関節

一乗谷朝倉氏遺跡 (2021/10/24 訪問)

庭園が美しいです。一乗谷はほかの町にはない独特の雰囲気があります。なんというか、ちょっと寂しい感じがするけどそれで完成しているって感じです。
そして、電車にて訪問しました。バスも電車も本数が少なく、車のない方は念入りに調べておくと当日報われます。自分は時間がなくて城の方には行くことができませんでした。

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higekam

栄華を極めた遺跡だけでなく、詰めの山城も (2020/09/27 訪問)

一乗谷の東側に連なる山稜に広大な山城があった。
比高差のある山稜に土木工事を施した山城だが、広大な縄張り、畝状竪堀など一見の価値は十分ある。

朝倉義景が織田勢の追討に命からがら一乗谷の巨石城門にたどりついた時、従う家臣は100名にも満たなかったという。これだけの詰めの城がありながら一乗谷に立て籠ることもできず、さらに山深く落ち延びざるを得なかった義景の心境やいかに。

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ヒロケン

特別史跡・特別名勝指定城跡 (2021/08/12 訪問)

一乗谷朝倉氏遺跡は戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡です。山城の一乗谷城と山麓の朝倉氏及び家臣団の居館からなっています。遺跡全体が国の特別史跡で居館跡に残る4つの日本庭園が国の特別名勝に指定されています。
一乗谷は東西約500m南北約3kmで東、西、南を山に囲まれ、南北に城戸が設けられ1.7kmの城戸ノ内に朝倉館・侍屋敷・寺院・町屋が計画的に整備され、周辺の山峰には城や砦が設けられ地域全体が要塞であったとされています。

遺構としては、土塁・虎口・石垣・礎石などが残っており、日本初の町屋跡が復元されています。

二度目の登城で、娘が嫁いだ金沢に行く途中に立ち寄りました。今回は、一乗谷朝倉氏館のみで一乗谷城へは時間の都合上行っていません"(-""-)"
朝倉館散策中に一風変わった方が居り(和装で雨が降っていないのに雨傘をさしている)、目を合わせないようご挨拶。諏訪館跡庭園で立石の画像を撮っていた所、その方が近寄ってきて、「観光の人かね?何方から来たの?」と尋ねられ「はあ、愛知県です」「すみません」と返答。「いやいや、貴方が熱心に庭園跡を見てるから、つい、嬉しくて」とのこと。その方は、朝倉氏庭園に興味があり、毎日のように来て画像に収めているとのことでした。「450年前には、この紅葉の木もなく、周りの杉の木も生えていなかったでしょう。でも今はね、杉の木の間からの木漏れ日が庭園の立石に射し込んで凄くいいですよ」等など(*'▽')その方の話が面白く、30分程お話を伺ってお別れしました。庭園に興味がある方は、朝8時頃一乗谷朝倉氏館に行けばその方と会えると思います。是非どうぞ(#^.^#)

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肉球

どこ見ても城跡 (2021/06/23 訪問)

これだけ広い敷地なので急いで発掘整備をしている感じはありませんが
山際を発掘していたり草刈りを何人かで行なっていて整備が行き届いています。
2度目の登城でしたがまたもや館跡だけの見学でした。
資料館は今年九月から来年九月いっぱい休館して道を挟んだ大きな新しい博物館に引っ越しするみたいです。

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概要

朝倉氏の館だけでなく、城下町と周囲の山城を含む縄張までが一乗谷城と呼ばれている。織田信長の侵攻によって灰燼に帰したが、武家屋敷や町屋群が復元整備されている。また、平面表示された朝倉氏館跡でも、約80m四方の居館を土塁と堀で囲んだ当時の雰囲気が伺える。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 南北朝時代
築城者 朝倉氏
主要城主 朝倉氏、桂田氏
文化財史跡区分 特別史跡(一乗谷朝倉氏遺跡)、特別名勝(庭園)、重要文化財(遺跡出土品)
近年の主な復元・整備 桂田長俊
主な関連施設 侍屋敷、町家、庭園、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)、虎口、門
住所 福井県福井市城戸ノ内町
問い合わせ先 福井市教育委員会事務局文化課
問い合わせ先電話番号 0776-20-5367