以前、投稿した「谷村城」の詰城だった「勝山城」。
甲斐の小山田氏のお城だったようです。
北条家や今川家の侵攻もありました。国境ですので最前線で見張りの役割だったのではないでしょうか。
秀吉さんが北条家を討伐すると、家臣の浅井 長政さんが入城。
関ケ原の戦い後は、家康さんの家臣、鳥居 成次さんが「谷村城」の城主になります。詰城の役割でもある「勝山城」は、平和な世で静かに構えてましたが、、、。
「勝山城」は車なら3~4台、駐車するスペースがトイレ横にあります。トイレは板が張られ使用できません。
民家横の細い入口から入城します。案内がありますので迷う事はないと思います。
緩く登ると『内堀』の案内碑。見逃す事なく楽しめました。見張台からは川の音が聞こえ、天然の要害にも守られてます。
郭と郭をジグザグと登り、本丸には『東照大権現』がお祀りしてます。家康さんにも守られてました。
「勝山城」、櫓や塀があった時代、とてもコンパクトな御城だったのかな、という感じがしました。
この辺の地域は、天領になりました。
「勝山城」は『茶壺蔵』があり、将軍家の飲む御茶の保存をしていたそうです。
夏の暑さと湿気から守るのに最適な環境です。
土塁や堀だけでなく、気候からも守られている「勝山城」でした。
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