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カズサン

鳥羽山城と桜と萌黄もみじ (2023/03/30 訪問)

 今年の浜松城満開桜と大河ドラマ館松潤人気を確認探訪後、昼近くに成りましたが北へ16km程、車を飛ばして鳥羽山城へ、南の丸跡の駐車場はほぼ満車状態、麓の田代家のボランティアの方が鳥羽山城の案内と解説をされて居ました、しばし会話を楽しみました、徳川対武田の二次にわたる攻防戦の解説絵図付きで、昭和の初めごろの二俣城の一本松の話と樹木の無い頃の写真で説明を受け知識が増えました。

 今回の探訪ルートは西側の腰巻石垣、主目的の西の丸Ⅱ南側のミツバツツジの咲きを確認ほぼ満開、昔に比べてミツバツツジの本数が減ってるようです、ぐるっと北へ回って西の丸Ⅰ(旧笹曲輪)横を通って搦手門跡、桜が一本咲いている。
 本丸に入り、東門を潜り東側の枡形から門跡と本丸東側の石垣を確認、大手門前後の確認、桜と楓の新緑がまぶしい、大手道へ下りまた上がり大手道から本丸東側石垣の南東部に咲く桜を目視確認。
 大手道と本丸東石垣との喰い違いに咲く桜がこれまた絵になる、また大手門を入り本丸南側の展望台へ天竜川眼下に見て景色を楽しむ、本丸内部はあまり桜は有りませんが其れなりに、本丸内部は花見の人出賑わっていました。
 本丸南西角の小道を降りて本丸西側の鉢巻き石垣を確認、西の丸の降りてまた腰巻石垣を見学、駐車場に戻って田代家のボランティアの方と話をして、持って無かった、にのまるさんも購入された「田城家物語と二俣城」を購入しました。

 温かく穏やかで晴天、桜ともみじの新緑萌黄ごろを鑑賞しました、市民に慕われてる鳥羽山城です。

 近くの二俣城は桜が天守台の横に大島桜系?の木が一本?の認識でしたので今回はパスとしました。
 
 
 

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イオ

【かるた】伊賀上野城の読み札

高石垣 高虎の城 伊賀上野城

木造の模擬天守もいいんですが、伊賀上野城と言えばやっぱり高石垣ですよね。
大坂への備えとして藤堂高虎が築いた高石垣。素晴らしいです。

…なぜか伊賀上野城の写真がパソコン内に見当たらないので、読み札のみで。
 

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キンヤ

山田道安の城と伝わり、主郭背後の堀切が鋭くて高く見応えある城 (2023/03/19 訪問)

山田氏の居城で、戦国時代に山田道安(道安という名は初代の順貞から三代続いたとの説あり)が城主の時に、馬場城を本城として移し、山田城は支城になったとされます。
山田道安は、1569年に松永久秀と三好三人衆の戦いで焼かれた東大寺大仏の修復に尽力したと伝わります。

東郭群と西側の主郭に分かれ、その中央は大きな堀切で仕切られています。
東郭の東側には、遺構かどうか分かりませんが、笹薮の中に石積のような箇所がいくつか見られます。
東郭の南側には6条位の畝状竪堀がありますが、笹薮で見辛いです。
主郭も笹藪ですが、背後西側の堀切は鋭くて切岸が高く見応えがあり、1番の見所でした。堀切の北西側は横堀状になっています。

城は拡張の途中で山田氏が没落して未完に終わったともされます。
その拡張途中だったかもしれない西側の尾根の上に西遺構の堀切が2ヶ所見られました。

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小城小次郎

難攻不落の名城とは (2022/11/13 訪問)

跡形もなくなってしまったように見えるのは難攻不落を謳われた過去の実績と壮麗な五重天守が写る古写真のせいだろう。忍城や大津城など大軍相手に持ち堪えた難攻不落の城には平城も案外多いということにふと気付いた。

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美夢

【かるた】掛川城の読み札

幕末の 二の丸御殿 掛川城

読み札のみの投稿です
文久元年1861年の二の丸御殿が現存している掛川城
移築されてはいますが太鼓櫓も現存です

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トク

【かるた】福岡城の読み札

山笠の 掛け声聞こゆ 福岡城

毎年7月になると博多の街はお祭りムード一色に変わります。「博多祇園山笠」です。1日から「飾り山」が福岡市内のあちこちに飾られ祭りムードを盛り上げます。そして10日からは、ふんどし姿の男たちが、「オイサ、オイサ」の掛け声とともに、博多の街を駆け抜けその姿には圧倒されます。そしていよいよクライマックスは、櫛田神社からのタイムを競う15日の「追い山」まさに真剣勝負です!

今年はどこの山(=町(流れ))が1番になるのか? 黒田の殿様もかすかに聞こえてくるオイサの掛け声を聞きながら実は楽しみに予想していたとか? (え!それって本当ですか?😯)

写真は、桜咲く「下之橋御門」と「伝潮見櫓」です。
 

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赤い城

【かるた】松江城の読み札と絵札

凛とした 無骨な天守 松江城

地元の名城を正統派な形で詠んで見ました。

にのまるさん、水郡線フォトありがとうございました!
あの堀底、歩いてみたいです。

捕まりますね。

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にのまる

【かるた】久保田城の読み札

御隅櫓 三重昇格 久保田城

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にのまる

【かるた】久保田城の読み札

土造り 東北代表 久保田城

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にのまる

【かるた】仙台城の読み札

不死鳥のごと立ち上がる仙台城

空襲、震災、地震と幾度も災禍に見舞われながらも、そのたびよみがえってきた仙台城。
騎馬像に会いに行かなきゃ!

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朝田 辰兵衛

【かるた】二本松城の読み札 (2017/04/29 訪問)

玉砕す 少年兵士 二本松城
(【補欠】少年隊 ジャニーズ違うべ 二本松城)

玉砕がわかっていて招集された二本松少年隊を詠んでみました。
【補欠】で,みなさん息抜きしてください…<笑>。
(「みんなの投稿」からもエントリーできるようになったんですね!)
※続け,常連の猛者たちよ!(これで北日本はとりあえず上がったかな…?)

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にのまる

【かるた】多賀城の読み札

はじまりの時刻みたる多賀城碑

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todo94

【かるた】飫肥城の読み札 (2017/03/11 訪問)

杉木立 旧本丸からの 飫肥城下

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にのまる

【かるた】水戸城の取り札

水郡線です。
お納めください。

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朝田 辰兵衛

【かるた】広島城の読み札 (2019/11/24 訪問)

1945(ナインティーン・フォーティー・ファイブ) 平和を誓った 広島城

全ての惨状を「1945」に包含して詠んでみました。
(「みんなの投稿」からもエントリーできるようになったんですね!)
※続け,常連の猛者たちよ!(もしも,早々に日本100名城が終わったら,続日本100名城へも展開しちゃうのかな…?)

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朝田 辰兵衛

【かるた】高岡城の読み札 (2017/05/03 訪問)

乱積みの 土橋石垣 高岡城

高岡城の一番の見どころを詠んでみました。
(「みんなの投稿」からもエントリーできるようになったんですね!)
※続け,常連の猛者たちよ!

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はたけ

花見真っ只中 (2023/04/02 訪問)

桜と一緒に見ました

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カズサン

今年も桜は浜松城+松潤人気 (2023/03/30 訪問)

 今年も浜松城、桜満開です例年より早く3月27日あたりには満開です、29日には遠州路桜+城廻で久野城、掛川城、勝間田城、諏訪原城を探訪し、翌日浜松城は外せませんので駐車場が満車になる前にと朝早く出かけ着いた頃はゲート前順番待ち、9時半過ぎには満車状態に成りかけ。
 
 駐車場から二の丸北土塁上の桜越しに天守閣が浮かんでいます、人出は桜満開の花見と、3月18日グランドオープンした「どうする家康大河ドラマ館」への入場者で普段にない大賑わい、天守閣に登る人もいっぱい、リニューアルして奇麗になった天守閣と桜がよく合います、本丸、天守曲輪、富士見櫓跡、天守閣登閣、回廊より展望、桜満開で素晴らしい、日本庭園、しだれ桜は盛りを過ぎたころ、作佐曲輪より天守を眺める、南広場からの眺め、二の丸跡浜松出世パークへここはドラマ館以外無料で入れます、二の丸跡の発掘調査成果が地表展示されています、土産物売り場も完備、ドラマ館は入場順番待ち状態、団体客も多く見受けられました。

 桜と天守閣を中心に写真投稿いたします。
 

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日本海に突き出す断崖絶壁上 (2023/04/01 訪問)

「城びと初投稿いただきます」(ぴーかるさん投稿からのぱくり)。
国道178号線沿いに、城山公園の看板が立っています。八合目ほどの城山公園まで車で行けます。さらに頂上のTV基地局まで舗装道路を歩いていきます。本郭上段に民放基地局が、下段にNHKの基地局があります。少し離れた東のピークに二の郭があります。
廻りは日本海の荒波に浸食された断崖絶壁。なのに、NHK基地局脇の急斜面に真新しい太いロープが。
城山公園で、30分ほど待ち、日本海に沈む夕日を見てから下山しました。

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新ろくべえ

富山城に行ってきました→城レベル4 (2023/04/02 訪問)

富山城は、1543年に神保長職によって築かれた城です。
(室町時代の遺跡が見つかっており、その頃に富山城はあった可能性も)

《神保時代》
越中は、畠山氏が守護大名でしたが、守護代の椎名氏を東部、
神保氏を西部に置き、統治させました。
しかし神保長職は東部、新川(常願寺川の古名)群の進出をもくろみ、
椎名氏が治める土地にこの富山城を家臣・水越勝重に築かせました。
けれど、1560年に椎名康胤が上杉景虎に支援を要請。
上杉景虎は越中に出陣し、長職が居住していた富山城に火を掛け落城させ、
長職は逃亡。増山城に移り、畠山氏にてを貸してもらいわぼくした。
しかし長職は椎名氏を圧迫し、武田氏とも通謀してしまい、
また景虎に越中を攻められ、敗北。
景虎が越後に戻るとまたもや勝興寺、瑞泉寺とてを組み、
9月5日には神通川で上杉&椎名氏と戦い、撃破し、
上杉氏の家臣や椎名氏の重臣を討ち取る大勝利となった。
その勢いに乗り、なんと次々と椎名氏の居城を撃破。
居城の松倉城まで追い詰めたがまたまた10月に越中の謙信の侵攻により
越中併呑は阻止され、反対に増山城を包囲され畠山氏の仲介で降伏
射水・婦負郡の支配を許され、長職は増山城へ移った。
しかし、長職の子・長住は上杉派の長職に対し
椎名氏が上杉から武田・加賀一向一揆と同盟を結ぶべきと主張し、対立
寺島職定とともに反上杉派となるが、謙信が仲介し沈められた。
長住は出奔し、上杉氏におわれてしまうが、織田家についた。
その後1569年に上杉の主力は撤退。すると、椎名康胤+越中一向一揆の連合軍が、
富山城を奪ってしまう。
1578年に謙信が死去したことを契機に織田家にいた長住は
織田家から兵を与えられ、月岡野の戦いで椎名氏を含めた
越中衆に勝利し富山城に入城するが、上杉に鞍替えした小島職鎮らに奇襲され失脚、幽閉された。

《佐々時代》
そして城主となったのは佐々成政だったが、信長が死去すると秀吉と対立し、
1585年に秀吉10万の兵に富山城を包囲され降伏し富山城は壊された。
越中は前田家に与えられ、利長が守山城に入った。

《前田時代》
月日は流れ1600年、東軍についた利長は加賀藩の太守となり富山城は再建され、
大改修を行い、金沢から移り隠居城としたが、1609年に建物が火災でほぼ全焼し、
高岡城に移ってしまい、富山城は城代として津田氏が入った。
その後、利長の息子・利常の次男・利次が富山に入り、分家として10万石をもらい、
富山藩ができ、富山城を仮の居城として、百塚に新たな城を築こうとしたが、
藩の財政にそんな金はなく、富山城を居城とした
そして、その富山城を幕府から許可され本格的に修理し、
城下町も作り、富山藩13代の礎を作った。

《現代》
1571年の廃藩置県により富山城は廃城となり、
建物はほぼ払い下げられた。
残ったのは、本丸御殿と千歳御門、二の丸二階櫓御門となったが、
本丸御殿は焼失、二の丸二階櫓御門は解体された。
周囲の堀も一部を除いて埋められてしまった。
県庁が城内に出来たが後に現在の場所へと移された。
1954年には、富山大産業博覧会が開催され、記念に模擬天守(富山市郷土博物館)が作られた。
2004年にはその模擬天守が国の登録有形文化財となった。
同年、富山市文化財埋蔵センターが、城郭の範囲が3万ヘクタールだと発表し、
富山県最大の中世の平城だと分かった


【城情報】
・形式       ❙平城
・築城年      ❙1543年(室町時代?)
・廃城年      ❙1871年
・築城者      ❙神保長職?
・最後の城主    ❙前田利同
・廃城理由     ❙廃藩置県のため
・主な城主     ❙神保長職、佐々成政、前田利次など
・遺構       ❙ 水堀、曲輪、石垣、土塁
・主な建築物    ❙模擬天守(富山市郷土博物館)
・説明看板、石碑  ❙説明看板、石碑 両有
・駐車場、トイレ  ❙駐車場 有
・天守       ❙天守はなかったが、模擬天守が建てられている
・保存状態(自身判断)❙整備されており、遺構も残り、良い城。
・城レベル     ❙4(詳しくは新ろくべえのプロフィールへ)
・備考       ❙・鏡石が模擬天守下に集まっている(城には総数で6個もある)
          ❙・模擬天守の最上階に行くと立山連峰が少し見え、
          |さらに城の大きさが分かる
          ❙・石垣が場所によって組かたが違い、見所がある
          |

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