続日本100名城

あかぎじょう

赤木城

三重県熊野市


旧国名 : 紀伊

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赤木城
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アネ

体力勝負本番 (2026/10/11 訪問)

いよいよ今回のメインイベント赤木城へ。
まずは道の駅でスタンプget。続いて城へ。
あらー、なかなかのワインディング&クライミング、更に隘路。
ガイドブックなどでは、ここを道の駅からレンタサイクルでとありますが、ご冗談でしょう?
道路の拡幅や改修が進められていますが、まだまだ「険道」です。最寄りのバス停からでも歩きでがありますので、ここはクルマやバイク、タクシー利用が賢明です。また、荒天時には決して無理せず、勇気ある撤退も必要かと思われます。

さて、遂に来ました、我が敬愛する高虎様のお城です。
駐車場は必要にして十分な広さがあります。側にトイレもあります。
ただ、頑張って整備してありますが、昔のままに戻せばいいってもんじゃないような………
石段の段差がものすごくて、子供には厳しいと思います(できれば小学校高学年以上)。今回は好天に恵まれましたが、(城ですから当然なのですが)道幅もなく、排水用側溝もないので、雨降ったら悲惨。そこらの下手な登山道よりキツいと思います。
晴天でもトレッキングポールの出番とは相成りました。

石垣はさすがですよ。だけどさー、こんな山奥、一体誰が攻めてくるってーのよ?あん?
こんなにがっちり守りを固める必要、どこにあったんですか、高虎様?


眺めはいいし、桜も植ってて、風鈴なんて下がってるから、天気の良い春〜夏の昼間は風流だけど、真冬にもこの風鈴下がってるとしたら、なかなかのホラーですよ。
冬風鈴の凄まじさって、俳句になるくらいなので、1人で来たら相当に怖い。近くにお住まいの方は気にならないのかと、他所者が余計な心配。

一息入れて、最後の那智大社に向かいます。
途中で、サルが三匹ほど、道端で柿を齧っていました。歩きの方は襲われないようくれぐれもご注意を。

那智では大門坂入り口を過ぎたところで、とあるレストランで昼食の予定がなんと「臨時休業」。
慌てて、営業中の店を探してきつねうどんを食しましたが、ここで食べておいてよかった。
大社に向かって登って行くと、飛龍神社入口そばの駐車場に入れないクルマで大渋滞。当然飲食店の駐車場にもお店にも入れない。
諦めてもっと登り、バスターミナルの駐車場にたまたま空きがあって入れたからよかったようなものの、バカ正直に並んでいたら、那智出発はいつになったらことやら。
ここからの石段の登りが本宮や赤木城・新宮城とは比べものにならないくらい長いし、キツい。(案内板の図に騙されてはいけません。かなりサバ読んであります)。で、どういうわけか、他の二社に比べて異常に参拝者は多いし、インバウンドも多い。なので、自分のペースを守って登るのは相当に難しいと思ってください。手すりがないところも少なくない。金田城か金山城かっていうくらいキツいと思いました。大社と青岸渡寺はどちらから詣ってもいいことになっていますが、石段の登りやすさを考えると大社が先の方がいいでしょう。結局、駐車場に戻る頃には膝が笑いそうになってました。

熊野三山詣でを一日でやるつもりなら、体力に自信がない人は、最初に那智へ、ついで本宮、新宮と回るのが良いでしょうし、健脚派は出発地から遠い所から始めて、戻るようにお詣りするのがお勧めです。
私のように最後に一番キツいところを持ってきてしまうと、回りきれずに後悔するかもしれません。

ともあれ、日本三名爆はこれで全てクリアしましたし、熊野三山も廻り、続100名城の中でも三重の最難関とされる赤木城も落としました。
「もう一度橋杭岩をしっかり見たい」と運転手が言うので、海岸沿いを進みますが……
着いたは着いたけど、駐車場の混雑ぶりが凄まじい。「これ、夏の海水浴シーズンにはどうなるんだ?」と恐ろしくなりました。金柑ソフトクリームの大行列を見て、「今回は初日にマロンソフト食べたし、今日も那智黒ソフト食べたから、もういいや」となったのは脚の疲れのせいでしょう。

お城と熊野三山、どっちがメインだかわかんないと言われてしまうと返す言葉もありませんが、とにかく中身の濃い三日間でした。
空港に着いたら、今はもういないパンダの姿が……

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イオ

山深い地の総石垣 (2026/04/25 訪問)

豊臣秀長の熊野支配に抵抗する北山一揆への押さえとして藤堂高虎が築いたとされる城で、熊野の木材搬出のための拠点ともなりましたが、江戸期には役目を終えて廃城となったようです。

間接的には秀長に関係する城でもあるので、月影の男紀行の番外編として約7年ぶりに再訪しました。南東麓の駐車場から登城開始し、登城口すぐの(伝)鍛冶屋敷跡から見上げると山上に連なる東郭の石垣。赤木城に来たなぁ…という気分にさせられます。東郭の門から城内に入り、主郭下段の虎口から連続する枡形を抜けて主郭に至るまで幾度の屈曲を強いられることでしょう。さらに主郭の隅部には折れを設けて横矢が掛かるようになっています。さすがは高虎、堅固な構えです。主郭の外周をまわって北郭を通り抜けた先の北尾根は堀切で遮断されていました。北尾根の堀切で折り返して、今度は西郭へ。西郭は尾根沿いに4段の郭を連ね、礎石建物や水溜と思われる石組遺構が確認されています。西郭の最下段から谷部に降りて行くと、3段の郭からなる南郭が広がっています。礎石建物やかまど跡が確認されるなど生活の場だったようです。

2度目でもあり今回は軽くひとめぐりしただけですが、これほどまでに見事な総石垣の城がこんな山深い地に築かれていることに改めて驚かされました。一揆勢に対する威圧効果は相当なものがあったんじゃないでしょうか。そして次の城へと向かう前に田平子峠刑場跡に立ち寄り、北山一揆殉難者供養之塔に手を合わせて赤木城を後にしました。
 

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ボン

赤木城:2024年7月12日:続100名城-40 (2024/07/12 訪問)

Pはすぐそばに有り。
雨であったが登城。
15分程度だが、石垣がかなり残っており立派。
藤堂高虎の築城。

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北条時行

自然豊かな山城 (2025/11/16 訪問)

道の駅板屋九郎兵衛の里で城スタンプ押印して、御城印購入。道の駅から城まで距離があります。到着が夕方だったので少し散策して降りました。石垣もあって山城を楽しめます。

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城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 天正16年(1588)
築城者 藤堂高虎
主要城主 藤堂氏
文化財史跡区分 国史跡(赤木城跡及び田平子峠刑場跡)
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸、虎口、門跡、礎石
住所 三重県熊野市紀和町赤木字城山
問い合わせ先 熊野市教育委員会
問い合わせ先電話番号 0597-89-4111