やまぶきじょう

山吹城

島根県大田市


旧国名 : 石見

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todo94

年度末山陰の攻城・石見銀山編③【城びと未登録】大森代官所(島根県大田市) (2027/03/27 訪問)

大久保間歩一般公開限定ツアーは金曜と土日祝日に一日4回実施され、1回の定員15名、大人4500円というツアーです。江戸時代の手掘りの岩肌と明治以降の機械掘りの違いの説明などを拝聴し、巨大空間福石場まで、LEDライト付きヘルメット、長靴着用で坑内を充分に味わうことができました。ツアー終了後は、割引料金で石見銀山世界遺産センターの展示を見学することもできました。その後、大森代官所前の駐車場に空きがあったため、代官所にも立ち寄っていくことにしました。石見銀山資料館・いも代官ミュージアムとなっています。1982年8月に大学の研究室の旅行で訪れているのですが、その時にはいも代官の展示はなく「いも代官ミュージアム」という名称もなかったかと思います。代官所表門が遺構で、資料館は邇摩郡役所の建物とのことです。この後は、15:30に予約を入れてある献血ルームだんだんに向かいましたが、途中、宇佐美の9号松江SSで給油し、宇佐美のスタンプラリーのスタンプを1個ゲットすることができました。名城スタンプラリーは言うに及ばず、参観灯台や20タワーズなど、スタンプラリーと名の付くものがどうにも好きで困ったものです。

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todo94

年度末山陰の攻城・石見銀山編②の2 (2026/03/27 訪問)

石垣周りは藪化していて残念な状態だったものの、その先の郭や主郭はきれいに整備されています。特に眺望の説明板はありがたい限りです。矢滝城と石見矢筈城をセットで拝むことができました。15年前にくっきりと見えた三瓶山は山頂が雲に隠れていました。しんちゃんさんが言及されている畝状竪堀を探してみたのですが、よくわかりませんでした。空堀も熊笹が茂っていたので、おそらく熊笹の中に埋没してしまっているのではないかと思います。下城した後は、下河原吹屋跡に立ち寄り、重要伝統的建造物群保存地区にも足を伸ばしましたが、大久保間歩一般公開限定ツアー10:30の集合時刻に余裕をもって石見銀山世界遺産センターに戻ることができました。今回登城を見送った石見矢筈城と石見城は、60代のうちにチャレンジしたいと思います。

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todo94

年度末山陰の攻城・石見銀山編②の1 (2026/03/27 訪問)

矢滝城からの転戦です。当初は矢滝城から石見矢筈城を攻略する予定でしたが、中国自然歩道の石見銀山街道が通行止めになっているなど、攻略がかなり困難な様子でした。あれこれネット検索をしていて大久保間歩の一般公開限定ツアーを発見してしまい、催行2日前に電話にて電撃予約を完了できましたので、矢筈城攻略は今回は見送ることにしました。ツアー集合時刻10:30の前に山吹城を再訪した次第です。集合場所の石見銀山世界遺産センターに駐車しましたが、3箇所の駐車場の中では、最も山吹城から遠い駐車場です。時間にはゆとりがあったので、2km超の道のりも全く問題になりません。矢滝城同様、国の史跡で世界遺産の構成資産に指定されている城ですが、15年前に登城した時は、長い階段のコンクリート板がぐらついていてかなり厳しい登城でした。今回、再訪してみると、コンクリート柱とコンクリート板の基礎が盤石なものになっており、その上にプラスチックというかラバー製のような階段が延々と設置されていてびっくりしました。ただ、石垣周りは藪化してしまっていて、15年前の方が石垣は見やすい状態でした。因みに西本寺の門は山吹城の遺構ではないようですね。一応、今回も写真は撮ってしまいましたが。

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しんちゃん

何気に国の史跡で世界遺産だったりする。 (2013/10/05 訪問)

山吹城は国の史跡「石見銀山遺跡」に含まれており、2007年に石見銀山が世界遺産に登録されるにあたって構成要素の一つの「銀山柵内」に当城が含まれています。標高414m、比高200mの山城ですが実際に登ってみると結構しんどかった記憶があるので、ここで登録してしまいます。(できればもう登りたくない)
延慶2年(1309年)ごろに石見銀山が発見され、その守城として大内氏によって築かれたとされています。戦国期には大内氏と小笠原氏の間で銀山を巡る争いが起こり、天文6年(1537)には尼子経久によって占領されます。やがて大内氏に代わって毛利氏が銀山の争奪戦に加わり永禄5年(1562)には毛利元就の手中に収まったそうです。関ヶ原の合戦後は幕府領となり大久保長安が山吹城に入りますが翌年、大森代官所に拠点を移したため廃城となったようです。
山吹城は最高所を主郭として南北に4段程度の郭を配しています。東西の側面がほぼ無防備になりますが特にこれといった防御の仕掛けは無いようです。南側には多数の畝状竪堀を有しているようですが未確認です。もしもう一回行くことがあったら確認に行きますかね‥

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 大内弘幸
築城年 延慶2年(1309)
主な城主 大内氏、尼子氏、毛利氏、大久保氏(徳川氏家臣)
遺構 曲輪、石垣、土塁
指定文化財 国史跡(石見銀山遺跡)
再建造物 碑、説明板
住所 島根県大田市大森町銀山他
問い合わせ先 島根観光連盟
問い合わせ先電話番号 0852-21-3969