日本100名城 現存12天守

まつやまじょう

松山城

愛媛県松山市

別名 : 金亀城、勝山城
旧国名 : 伊予

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松山城
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やなぎぶそん

日本最高級のお城 (2022/01/09 訪問)

前回訪れたときはじっくりと登城できなかったですが、今回はほとんどの建造物を拝見することができました。これだけ現存している建造物があるのは姫路城や彦根城に匹敵する多さではないでしょうか。本当に素晴らしいお城です。

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やなぎぶそん

四国一周バイク旅 (2013/11/02 訪問)

ツーリングで訪れました。自身2つ目の現存天守となりました。

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久しぶりの現存天守のある松山城攻城 (2022/01/03 訪問)

にのまるさん、大和郡山城の橋クイズにお答え頂きありがとうございました。
極楽橋で大正解です。
正月第二日目は、東京の両国にある「江戸東京博物館」に行ってきました。
今年に休館することになっていたので行ってきました。
きっかけは、にのまるさんのご投稿です。
江戸城のスケールの大きさ等を学習出来て満足です。
そして、本日は、松山城に久しぶりに攻城致しました。
松山城は、堅固な城で幾つもトリックが張り巡らされています。
そこで、またクイズを出します。
くねくねと曲がった道をひたすら登り詰めたら、本丸への道が見えてきました。
戸無門をくぐり筒井門に来た時、その向こうに隠門がひっそりと隠れておりますね。
そこで質問です。
何故、筒井門の向こうに隠門という門を造ったのでしょうか?
そこで、私は隠門をくぐり右折れすれど次の門が見えてこないと思っていたら、ひっそりと太鼓門を発見しました。
ここをくぐってやっと本丸曲輪に出ました。
そこは広い曲輪になっていて右側に本丸井戸を発見しました。
今は柵がされていたので、どれだけの深さは体験出来なかったのですが
そこで質問です。
この本丸井戸の直径と深さは何mですか?
そして、私はゆっくりと松山城天守閣の方へと歩きはじめました。
そこには、密になった構造物が建っていました。
今は3重の天守としてそびえていました。
築城時には5重の天守だったと説明されていますが、私は元々から3重天守だったと考えております。
理由については、長くなるので省略します。
私は、3重天守をじっくりと見上げました。
回り縁と高欄があるのを発見致しました。
そこで質問です。
12の現存天守で、ちゃんとした回り縁と高欄のある天守閣が2つ有ります。
それを答えて下さい。
即ち、現存天守の中には回り縁や高欄そのものが無い天守や高欄はあるのだが回り縁が無い天守や単なる飾り物として存在するものや外には回り縁や高欄は無いのだがそれを造ろうとした痕跡のある天守等がありユニーク極まりないです。
現存天守って本当に素晴らしい限りです。



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伊予村上水軍

松山城の夜景 (2021/07/21 訪問)

夏の夜に徒歩で登りました。櫓や天守閣がライトアップされて綺麗です

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概要

加藤嘉明が築城を開始し、松平氏の時代になって完成。勝山山上を削平し三重三階地下一階の層塔型天守を築き、小天守と隅櫓などと連立式天守を構成している。高石垣を何度も屈折させ、その上に敵を迎撃するための太鼓櫓を設けるなど、高い防御性を誇る。

城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 慶長7年(1602)
築城者 加藤嘉明
主要城主 加藤氏、松平(久松)氏
文化財史跡区分 国重要文化財(大天守、野原櫓・乾櫓・隠門続櫓等櫓6棟、戸無門・隠門・紫竹門・一ノ門等門7棟、筋鉄門東塀等塀7棟)、国史跡(松山城跡)
近年の主な復元・整備 松平勝善
天守の現況・形態 型式不明[5重?/1602年頃築・1642年改/焼失(落雷)]、連立式層塔型[3重3階地下1階/1854年再/現存]
主な関連施設 小天守、北隅櫓、十間廊下、南隅櫓、太鼓櫓、筒井門、太鼓門、乾門、艮門東続櫓等、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、櫓、門、塀、井戸、石垣、土塁、横堀
住所 愛媛県松山市丸の内
問い合わせ先 松山市観光産業振興課
問い合わせ先電話番号 089-948-6556