日本100名城 現存12天守

まつやまじょう

松山城

愛媛県松山市

別名 : 金亀城、勝山城
旧国名 : 伊予

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松山城
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スティクラ

全てが圧巻だった松山城 (2023/09/08 訪問)

松山駅から路面電車で大街道に行き、リフトを使って松山城へ。
リフト乗り場から太鼓門を通ると目の前に天守群が現れる。

小天守と大天守など建造物が多いことに加えて、天守群を見渡せる広場が広くて高い位置にあるので、
天守群と街並みの景色を同時に楽しめる場所が広いところは今まで見たことがなかった。

天守の中も広く、十分堪能することができ、最上階は風がとても気持ちよかった。

写真を撮っていると、地元のおじいさんにいい写真スポットに案内してあげると言われ、
そのまま1時間弱連れまわされるといういい経験をした。

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にのまる

四国城めぐり旅・復路1城目 (2023/05/29 訪問)

松丸(河後森城)から宇和島乗り換えで松山に19:30に到着。
松山はホテルの数が多く、有名どころでも比較的リーズナブル。
松山城至近に一泊確保し、翌日から残り2日となった旅程を考えます。
朝イチで松山城と湯築城に行って今治に移動し、村上海賊ミュージアムへと思っていたのですが、あいにく翌日は月曜日のため村上海賊ミュージアムは休館。四国の100名城・続100名城スタンプコンプリートはお預けとなりました。しかし、これは上陸ツアーに申し込んで行ってきなさいというお告げなのだと解釈することにしました。
そうとなれば二度目の今治城も次回まわしでいいかな、ということで四国めぐりの三日目は松山城→湯築城→→→屋島城に決定しました。

松山城は本壇の入場は9:00からですが城山公園へは5:00から入れます。
9:00前にどれだけまわれるかが勝負だ!と思っていたのですが、ダラダラしていたら8:00になってしまったので慌てて県庁裏登城道に向かいました。
二の丸史跡庭園は前回来た時にたっぷり見たのでパスして登り石垣へ。5年前は樹木の陰でほとんど見えなかったのですが、ありがたいことに今回はかなり広い範囲を見ることができ、印象ががらっと変わりました。

9:00までまだ時間があるので周辺を見て歩きます。戸無門・筒井門・隠門のところでトラップごっこをするのがいちばん楽しいです。ここは何度行っても必ず立ち止まって遊んでみると思います(^^)/

“よしあきくん”とお約束の記念撮影をしてから本壇へ。
21の重要文化財、30の復興建造物をもつ松山城は、時間をかけて通い続けなければそのすべてを理解するのは私には難しいです。理解しきれるかどうかもわかりません。
……ということがこのたびはよくわかりました。しかしそれが近世城郭めぐりの醍醐味でもあります。

連立天守の中をひとまわりし、東雲口登城道から下山して、湯築城に向かいました。

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yoda 1253

連立式天守は見上げると堅守そうな構え (2020/11/26 訪問)

名手加藤嘉明築城
現存木製だが綺麗に整備されている

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かんちゃん

【かるた】

伊予松山城

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概要

加藤嘉明が築城を開始し、松平氏の時代になって完成。勝山山上を削平し三重三階地下一階の層塔型天守を築き、小天守と隅櫓などと連立式天守を構成している。高石垣を何度も屈折させ、その上に敵を迎撃するための太鼓櫓を設けるなど、高い防御性を誇る。

城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 慶長7年(1602)
築城者 加藤嘉明
主要城主 加藤氏、松平(久松)氏
文化財史跡区分 国重要文化財(大天守、野原櫓・乾櫓・隠門続櫓等櫓6棟、戸無門・隠門・紫竹門・一ノ門等門7棟、筋鉄門東塀等塀7棟)、国史跡(松山城跡)
近年の主な復元・整備 松平勝善
天守の現況・形態 型式不明[5重?/1602年頃築・1642年改/焼失(落雷)]、連立式層塔型[3重3階地下1階/1854年再/現存]
主な関連施設 小天守、北隅櫓、十間廊下、南隅櫓、太鼓櫓、筒井門、太鼓門、乾門、艮門東続櫓等、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、櫓、門、塀、井戸、石垣、土塁、横堀
住所 愛媛県松山市丸の内
問い合わせ先 松山市観光産業振興課
問い合わせ先電話番号 089-948-6556