日本100名城

いわくにじょう

岩国城

山口県岩国市

別名 : 横山城
旧国名 : 周防

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岩国城
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まーく

山頂の要害、岩国城 (2021/07/23 訪問)

岩国城ロープウェイを利用して登城

築城より僅か7年で一国一城令により取り壊しとなり
現在の天守は1962年に再建されたもの
その際、錦帯橋よりよく見えるよう50m南側に
位置を変えたそうです

※御城印は受付窓口にて購入可能

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こうちゃん

観光の3点セットで楽しもう (2021/05/07 訪問)

本来の縄張りは地の利を活かした4つの曲輪からなる梯郭式山城、しかし二の丸から本丸にあっさり天守到着!
錦帯橋→ロープウェイ→天守の3点セット!見応え有り!

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天守が眩しいけど (2021/03/09 訪問)

敢えて、堀や曲輪跡を見るバリエーションルートで歩く。

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tsuchinari

6年ぶりの錦帯橋と岩国城 (2021/02/11 訪問)

毛利元就の孫にあたる吉川広家は関ヶ原の合戦時、事前に徳川に通じ、西軍総大将の毛利輝元は参戦しないことを約束していたという。それで輝元は敗軍の将でありながら萩への移封で収まった。普通は斬首である。この時も広家の決死の助命嘆願があった。そして広家自身は岩国藩の初代藩主となり、以後藩は幕末まで続いていく。
この広家の働きがなかったら、毛利家は断絶してその子孫にあたる幕末の長州藩士の活躍もなかったと思うと、広家の果たした功績は大きい。
錦帯橋とセットで観光地化されている岩国城。約6年ぶりに登城した今回は、初めて天守最上階から麓の景色を一望できた。武家屋敷が残る城下町や錦帯橋の架かる錦川が見え計画性が感じられた。
次はこんなに間隔があかないうちにまた来たいと思った。

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概要

関ヶ原合戦の後、毛利輝元の家臣・吉川広家が新領地の岩国に築いた城。横山山頂の山城と山麓の居館で構成され、四重六階の天守は、4階と6階が下の階よりも張り出している珍しい南蛮造によって築かれた。一国一城令で建物や石垣が取り壊されたが、城中には大釣井と呼ばれる井戸や空堀が残っている。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 慶長6年(1601)
築城者 吉川広家
主要城主 吉川氏
天守の現況・形態 複合式望楼型[4重6階/1608年築/破却(一国一城令)]、複合式望楼型[4重6階/1962年築/RC造復興]
主な関連施設 天守、旧天守台(発掘復元)、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)、横堀(空堀)、隠居所長屋
住所 山口県岩国市横山
問い合わせ先 岩国市観光課
問い合わせ先電話番号 0827-41-1477