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赤い城

丹沢湖のその先に (2023/01/22 訪問)

県道76号線を北上、丹沢湖の横を進み中川橋を右折します。
渡ったところに広いスペースがあり、車を停めました。
車では侵入禁止のトンネルを抜けて5分くらい進むと城址になります。
案内板も石碑もありませんが主郭には土塁っぽい小山があります。
立入禁止の下の郭を見下ろすと広く平らな曲輪が確認できます。
以前はキャンプ場だったとのことです。
車ならまだしも交通機関の場合行く苦労の割には?って感じかと思いました。
奥牧野城とともに神奈川コンプリートの最難関かと。

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真光寺はいずこに (2023/01/29 訪問)

城びと先人のレポートに、真光寺に説明板あり、とあり、砦趾である、神須牟地(かみすむち)神社参拝後に、真光寺を探しました。お寺さんの大きな屋根がすぐ見つかるだろうと、神社周りを歩きましたが、見当たりません。google mapを拡大しても現れません。google mapで検索したら地図上に表示されました。狭く、曲がった路地を行きます。お寺の塀の説明板には、曲がりくねった道は、環濠集落のなごりだと。道端に付近の地図があったので掲載しました。

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赤い城

スカイツリーと同じ高さ (2023/01/15 訪問)

大月駅から畑倉登山口まで徒歩で約30分。
現在、土砂崩れのためここか浅利登山口からのみ登城可能です。
登山口からさらに約20分くらい登ると本丸に着きます。
この日は生憎の天気で足元も良くなかったのですが、途中の竪堀も見ながらの登山でした。
本丸には鉄塔が建ち、その背後には深い堀切が二条。
当時は動線にもなっていたようです。
西側に曲輪が続き、蔵屋敷に説明板がありました。
スカイツリーと同じ高さの634m、晴れてたら富士山も見えるはずですがこの日は眼下にも雲。
眺望は残念でした。
揚城戸跡の巨石まで見学しましたがこの先の稚児落としや大手の堀切は諦めて引き返しました。
小山田信茂の居城で武田氏滅亡の契機となった城。
真田丸でのシーンを思い出しました。
このあと少し歩いて日本三奇橋の一つ、猿橋を見学して帰りました。
本来の三つのうち富山の愛本橋はもう無くなっていますが、錦帯橋、神橋、かずら橋も行ったので制覇したことにしておきます。

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イオ

城下町めぐり (2023/01/15 訪問)

(続き)

高槻市では「高槻まちかど遺産」として選定した史跡に小さな説明板を設置しており、歴史民俗資料館でもらった高槻まちかど遺産マップ(たかつき歴史Webからもダウンロードできます)を片手に高槻城の城下をめぐってみました。

しろあと歴史館の前には思案石(まちかど遺産番号18)が設置されています。元々は本行寺近くの外堀沿いにあった石垣石で、矢穴の跡も見られます。生活に困窮した人がこの石に腰掛けて堀に身投げするか思案したことから思案石と呼ばれるんだとか。
しろあと歴史館の前の道路は外堀跡、西側の交差点から南に続く道路は内堀跡で、それぞれ緩やかに傾斜しており、交差点南東部に高槻城の説明板とまちかど遺産「道路に残る高槻城の堀跡」(番号17)が建てられています。また、しろあと歴史館から少し東に、次いで北に進むと何度も直角に曲がる道路が続いており、この道も外堀跡(番号16)のようです。折れを設けて横矢が掛かる堀が続いていたんですね。外堀道が北端で西に折れるあたりに本行寺があり、外堀北東部一帯は寺町になっています。本行寺の山門は高槻城の高麗門が移築されたものです。西に続く外堀道沿いには堀の名残の水路も見られます。信号のある交差点を南に入ったところが北大手門跡(番号12)ですが、まちかど遺産の説明板があるだけで痕跡も感じられません。

北大手門跡の少し南にはカトリック高槻教会があり、高槻城主ユスト高山右近之像や高山右近顕彰碑が建てられています。高山期の高槻城下には教会堂が建てられ、安土からセミナリヨが移転し、2万5千人の領民の7割強がキリシタンだったと云われます。現在の野見神社が教会堂の比定地とされ、道向かいの商工会議所の入口脇に髙山右近天主教会堂趾の石碑と説明板が建てられています。商工会議所の南西隅は江戸後期の絵図にも描かれているムクノキが立っていた場所で、現在はムクノキ大明神の祠(番号15)があります。また、商工会議所の南東道路沿いには厩郭枡形門の石垣石と説明板が設置されています。
野見神社(牛頭天王社)は高山期に破却されるも江戸初期には三の丸内の現在地に再建され、城内守護として崇敬されました。境内には摂社として高槻永井氏初代の永井直清を祭神とする永井神社が祀られており、神門は高槻城唐門の移築とも云われます。

野見神社から高槻現代劇場(市民会館)の裏手に回ると西側が一段低くなっており、三の丸と外堀の段差(番号14)のようです。外堀の西側は岡部期に拡張された出丸で、四方を水堀で囲んだ北側に門(番号13)が設けられていました。出丸跡もすっかり住宅地になっていますが、地名(出丸町)だけでなくクランク状の道に往時の痕跡を感じます。出丸を南に抜けて突き当たる東西に続く道路も外堀跡で、道路沿いに名残の水路が見られました。外堀沿いに東に進んだ先の北側一段高いあたりが蔵屋敷(番号22)だったようです。
高槻城公園の南東で外堀は北に折れて土塁(番号21)に沿って続いています。このあたりには江戸後期に藩校・菁莪堂(番号20)があったようです。現在の中学校の敷地内でしょうか。公園から東に出ると八幡大神宮の前の道路も外堀に沿って折れていて、北に進むと東大手門跡の説明板が立てられていました。

…ということで、高槻城下をほぼ一周。街なかの城の哀しさで明瞭な遺構は見られませんが、あちこちに設けられた高槻まちかど遺産の説明板をたどってみると道路や町割りに痕跡が感じられ、思いのほか楽しませてもらいました。
 

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todo94

元日攻城の締め (2023/01/01 訪問)

元日最後の攻城は別府城。東別府神社に城址碑と説明板があり、ぐるりと土塁と空堀が巡っていました。城址碑の表記は「史蹟 東別府館址」となっています。

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橋吉

和田氏の館跡 (2023/01/15 訪問)

愛知県安城市の安城古城は、後に安祥城を築いたといわれる和田氏の館跡です。

安祥城祉公園から約800mでしたので徒歩で移動しました。
12分ほど西に向かうと、民家の裏に竹藪がありました。

道を隔てて神社があり、この神社が安城古城跡です。

周囲は畑でところどころ宅地になっています。
畑に比べ少し高くなっています。
城というよりは館程度だったようですが、それにしても小さいです。
おそらく、神社が設置された部分は残されたのですが、他は農地に転用されたのではないでしょうか。

1440(永享12)年、安祥城が築城されましたが、 その後の1540(天文9)年、織田氏が安祥城を攻めた時、松平軍はこの地に兵を入れて、砦として戦ったともいわれていますのでその頃はまだ支城として機能していたようです。

見学所要時間:10分

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にのまる

前編 (2023/01/02 訪問)

18きっぷの5回目。
津和野駅到着後、まずは観光案内所で帰りのDLやまぐち号の座席確保をお願いしました。津和野駅は無人駅でみどりの窓口もないので、帰りの乗車前に手書き切符を受け取る方式です。

【リフト】
駅からは徒歩で、馬場先櫓、物見櫓を見学しつつ城跡観光リフト乗り場へ。ここで100名城84個目のスタンプを押し、片道5分の空中散歩です。
自然歩道は片道40分とあったので大変そうかなと思ってリフトにしたのですが、眼下を横切るのは舗装道。大丈夫だったかも⁉︎

【出丸】
山頂でリフトを降りると早速いい感じの堀切が出現しました。その先の織部丸は城下や周辺の監視と本城の守備という役割をもった出丸です。城下は丸見え、本城を向くと心強い守りだったことが理解でき、現地に足を運んでこそ知ることのできる光景に暫し酔いしれてしまいました。長らくの修復も完了し、礎石や瓦片の散らばり具合もばっちり。これだけ状況証拠が揃えば、二基の櫓の姿はなくとも充分です。

【本城】
そしていよいよメイン会場、本城へ。いきなりの瓦片パラダイスに目がギラギラしてきます。紋や文様付き瓦は見つけられませんでしたが大きな丸瓦もいくつもあり眼福でした。
津和野城は鎌倉時代の海岸防衛のための山城をそのまま石垣の近世城郭につくりかえ、大手と搦手を逆転させて城下町の整備をすすめ、幕末の長州征伐の際には中立を保って戦火を免れたという歴史をもっています。現役選手生命600年。先発(吉見氏)→中継ぎ(坂崎氏)→抑え(亀井氏)のリレーによる完封勝利のようにも思えてきます。中でも17年間の在城中に高石垣や織部丸を築き防備を固めた坂崎氏のワンポイントリリーフはお見事で、亀井氏のロングリリーフも坂崎氏時代があったからこそだろうと感じました。
黒・赤2種類の瓦、平板状と斜めのものとタイプの違う土塀の控え柱の礎石からも改修を重ねて維持されてきたこと、最後まで大切に守られてきた歴史を感じました。
人質郭の石垣や三の丸西側の横矢掛、三十間台からの眺望など嬉しくて堪らない光景にたくさん出会えました。樹木の伐採、石垣修復と、この壮大な城を後世に残し伝えていくために多くの人が尽力されていることを思います。私にできることは、楽しかったよ!とここでお伝えすることだけ。津和野城めっちゃ楽しかった!
<続く>

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前ちゃん

博物館に入れず、警備室でスタンプ押下 (2023/01/31 訪問)

熊本城、八代城と名城スタンプを押下する旅。1月中旬に旅行予約した時にはなかった博物館の臨時休館。武家屋敷など街を散策して、帰路につく。

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カズサン

「どうする家康」大河ドラマ館プレオープン (2023/01/31 訪問)

 「どうする家康」浜松大河ドラマ館が1月22日よりプレオープンして居ります、本日家内と出掛けて来ました、元二の丸跡(前元城小学校)全体を使って、浜松出世パークを造りその中に「どうする家康」浜松大河ドラマ館と発掘調査で発見された遺構五ヶ所、本丸北東角石垣、二の丸御殿平面表示、秀忠誕生場井戸跡、本丸東堀跡、瓦集積模擬ですが本丸二の丸の瓦が埋まって居た場所の遺構が説明パエルと共に展示されて居ます。
 ドラマ館はNHK大河ドラマ第1代から61代歴代の年表、歴代大河で家康が登場した音楽とオープニング映像の上映と衣装、甲冑の展示、歴代家康スペシャルダイジェストシアター8分、「どうする家康」番組紹介、出口に松潤と瀬名役の有村架純の立看板が有りツーショット撮影出来る様に成って居ます。

 見学前に浜松城公園駐車場の北隣接にホテルコンコルドが有り18階に今回の大河ドラマ館オープンに合わせて、ウナギ専門の元城亭がオープンしましたので昼食を元城亭で鰻重を頂きました。
 同18階からは浜松城が俯瞰出来眺めは上々です、北側は3000m級の南アルプスの山稜が遠望出来絶景です、しかし富士山は本日雲で見る事が出来ませんでした。

 プレオープンは1月22日~2月28日、3月1日~17日は展示入れ替え休館、グランドオープンは3月18日~令和6年1月14日と成って居ます。
 
 

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ぴーかる

新府城 (2023/01/08 訪問)

【続百名城57城目】
<駐車場他>新府公園駐車場
<交通手段>車

<見所>土塁・枡形虎口
<感想>新春1泊2日甲府盆地の旅4城目。駐車場から東出構・西出構⇒西堀・乾門枡形を通り⇒井戸跡⇒二の丸⇒二の丸馬出し⇒本丸⇒西・東三の丸⇒南大手枡形虎口・三日月堀⇒帯曲輪⇒東枡形跡を見て終了した。二の丸馬出しと三の丸は数年程未整備だろうか、雑草がひどく入れる状態でないのが残念、南大手枡形から望める富士山は絶景でした。武田勝頼が父信玄の重圧の地から脱却して新しい地の七里岩台地上すべてを城塞化する構想は壮大だ。心情が少しわかった気がした。これにて百・続百名城の甲斐の国制覇。

<満足度>★★☆

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ひろ

松戸城 (2023/01/31 訪問)

戸定が丘歴史公園

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前ちゃん

4度目の登城 (2023/01/30 訪問)

前回は熊本地震直後、クラブツーリズムツアーで、加藤神社までしか入れなかったが、

今回は飯田丸がない。

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前ちゃん

古城ってあるんだ (2023/01/30 訪問)

近世宇土から徒歩圏内。宇土駅から行きは徒歩で、帰りはバスで。

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前ちゃん

行長に像 (2023/01/30 訪問)

学校の後方とだけ記憶して、徘徊。学校と墓地に挟まれてる

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侍ホリタン

「チームラボ 福山城 光の祭」を訪ねて (2023/01/29 訪問)

福山城築城400年を記念して12/2より行われてきたイベントの最終日1/29に訪問してきました。寒波の影響もなく見学することができて良かったです。人気は天守北側の旧天守の礎石と天守前広場に設置された卵型のオブジェで触れることによって色が変わる様子が美しく子供たちの歓声が響き渡っていました。石垣に映し出された様々なプロジェクションマッピングは美しく迫力のあるものでした。

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侍ホリタン

明智軍に反旗を翻した波多野秀治公の居城を訪ねて (2022/06/04 訪問)

「丹波富士」と呼ばれる標高462mに築かれた山城です。黒井城、八木城と共に丹波三大山城の一つで、代々波多野氏の居城でした。明智軍の黒井攻めに加わっていた波多野秀治公は突如反旗を翻し明智軍を京へ追いやりましたが、明智軍の第二次丹波攻めにより兄弟共に捕らえられた波多野秀治公は安土に送られて処刑されました。波多野氏滅亡後は前田茂勝公(五奉行の前田玄以の子)などが城主として治めていましたが篠山城築城によって廃城となっています。
駐車場は春日神社口登山道前にあります。さらに駐車場から600m先に藤木坂口登山道があります。駐車場は篠山城跡方面から来た場合、「八上内」の信号手前(三角の案内板あります)を右折して数百m先にあります。 春日神社前ポストにパンフレット置いてありました。御城印は篠山城大書院にて販売されています。

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駿府城

静岡市歴史博物館がグランドオープンしました!

2023年1月13日(金)に静岡市歴史博物館がグランドオープンしました。
2階・3階の基本展示(有料エリア)が公開され、ミュージアムショップもオープンしました。
 
基本展示は、静岡発展のキーマンとなった徳川家康やその家康を育てた戦国大名・今川氏を中心に、家康の一生、家康以後の駿府・静岡の歩みというストーリーに沿って展開します。
家康の日々の暮らしぶりも紹介し、家康の人生や人物像にも深く迫ります。
現在、グランドオープンを記念した企画展「徳川家康と駿府」を開催しています。
期間は2023年1月13日(金)~2月26日(日)です。
家康自筆と伝わる肖像や、着初めの腹巻の実物などの貴重な品を公開します。

詳しくは静岡市歴史博物館公式HP(https://scmh.jp/)をご覧ください。
皆さんのご来場をお待ちしております。

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みぃ

新宮城跡と熊野三山 (2023/01/09 訪問)

1601年に築城開始して、途中一国一城令で廃城になったが、再建できるようになり、1633年ようやく完成した城という。通常どのくらいの期間でお城は完成するものなのだろう。
熊野川河口の山の上にある新宮城。眺めがとても良い。新宮城跡の南西あたり、国道42号線を挟んだ反対側に、熊野三山のひとつ熊野速玉大社がある。
松ノ丸から河口側に降りていくと水ノ手があり、船着場と納屋があったらしい。時間があったら、そこへも降りてみたかった。

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イオ

高槻城公園と しろあと歴史館 (2023/01/15 訪問)

戦国期に入江氏が築いた城で、入江氏が上洛した織田信長に背いて謀殺されると和田惟政が入り、討死した惟政の跡を継いだ和田惟長を高山飛騨守・右近らが追放して高山氏の城となりました。高山右近が豊臣秀吉により播磨国・船上城に移封されると豊臣氏の支配下に入り、関ケ原の戦いの後は徳川直轄領となりました。大坂の陣後は譜代大名が次々と入れ替わりましたが、その後は永井氏が13代続いて明治を迎え、廃城令により廃城となっています。

京と大坂の中間点にあたる芥川扇状地の南端、西国街道と淀川を結ぶ水陸交通の要衝に築かれた城で、和田期、高山期と次第に拡張され、大坂の陣後に公儀修築により近世城郭となり岡部期に完成をみました。廃城によって城跡は学校や公園、住宅地となり、地表面に遺構はほとんど見られませんが、発掘調査により堀や石垣、高山期のキリシタン墓地、豊臣期の金箔瓦などが確認されており、高山期のものとみられる西日本最古級の障子堀発見のニュースは記憶に新しいところです。

さて、遺構がほぼ無い高槻城の見どころとされるのは高槻城公園(城跡公園から改称)と しろあと歴史館でしょうか。三の丸東郭跡の高槻城公園には模擬天守台と水堀風の池が設けられ、城跡の雰囲気を伝えています。天守台の隣には高山右近像が建てられており、その近くに高槻城跡の石碑(モニュメント?)も見られます。公園の北西口を出たところにも高槻城跡の石碑があり、その隣には高槻城の石垣石が移設されている…んですが、この日は道路工事の器材が置かれていてよく見えませんでした。数少ない見どころだというのに…。公園内には城下町の町家(江戸中期築)を移築した歴史民俗資料館やゴーカートに乗れる交通遊園、遊具などがあり親子連れで賑わっていました。公園の東辺は三の丸東郭の南東部にあたり、東側一段下の住宅地は外堀跡で、公園東辺には外堀土塁が南北に長く続いています。高槻城には明瞭な遺構は(地表面には)ないと思っていましたが、これほどのものが遺されていたとは!

高槻城公園に続いては、しろあと歴史館へ。常設展の入口は高槻城の石垣石を用い床をガラス張りにして石垣内部や地中の構造が見えるように作られており、高槻城の石垣は扇状地の軟弱な地盤に築かれているため、胴木を組んで川原石で固めた上に構築されていることが一目瞭然よくわかります。常設展は高槻城の説明パネルや城と城下のジオラマ、屋根瓦に鯱瓦、石垣石の展示のほか、芥川山城や高山右近についての展示もあり、とても無料とは思えない充実ぶりです。また、時季的に卯(うさぎ)や七福神、様々な和凧などお正月らしい郷土玩具の展示も目を引きました。

しろあと歴史館を出ると、今度は城下町めぐりです(続く)。
 

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刑部

リベンジの城 (2023/01/29 訪問)

4年くらい前に来た時は、大雨で断念した城址です。今回は、探索する事が出来ました。土塁と堀の遺構がはっきりわかります。

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