日本100名城

おおさかじょう

大坂城

大阪府大阪市

別名 : 大阪城、金城、錦城、浪華城、(石山本願寺)
旧国名 : 摂津

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大坂城
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イオ

復興天守の隣には… (2021/12/01 訪問)

仕事で近くに行く機会が多いので、ちょい寄り程度でも年に何度かは登城していたんですが、コロナ禍で原則リモートになったため、大阪に行く機会自体がほとんどなくなり、ほとんど2年ぶりの大坂城です。

今回のお目当てはふたつ。ひとつは天守東隣の謎の高台を確認することです。登城の前日、関西ローカルの情報番組で「大坂城の謎を解く」として天守東隣の高台が取り上げられていましたが、そういや天守の東側、金蔵の裏手に何かあったな、とは思っても特に意識したことがなかったのでよくわかりません。豊臣期の天守台は現在より北東にあったとされますが、徳川期に埋められているはずですし、明治以降の陸軍関係の施設かな? とも思いましたが、正解は大阪市水道局の「大手前配水池」でした。明治にコレラや赤痢の蔓延防止のため上水道を整備する必要があり、周辺の最高所である上町台地突端の大坂城本丸に建造されたそうで、考えてみれば、和歌山城も山上の本丸御殿跡が上水道の配水池になっていました。なるほど納得です。大手前配水池は今なお現役で、現地に行ってみると鉄柵に鉄条網、防犯装置まで備えて厳重に管理されていました。また、大手前配水池の南側では令和5年春を目標に豊臣期石垣の公開施設が建設中ですが、この配水池の改良工事が石垣発見のきっかけとなったんだとか。大坂城との不思議な因縁ですね。

配水池を一周し、天守の北東隅に来ると天守台石垣の爆撃被害跡に目が留まりました。大坂城の復興天守は今年で90周年を迎えましたが、多くの復興天守が戦災での焼失からの再建であるのに対して、この天守は戦前から建っていて大阪大空襲をもくぐり抜けてきたのか…と考えると、豊臣と徳川を組み合わせた天守であっても、これはこれでありがたいなぁ、と。

もうひとつのお目当ての紅葉は、大阪城公園はほぼ終わっており、豊国神社と本丸日本庭園のモミジと、西外堀外周のイチョウ並木が見られたくらいでしたが、久しぶりに大坂城を訪れると、堀の幅広さ、石垣の高さ、櫓ひとつをとっても巨大で、今さらながら大変な巨城であることを再認識させられます。やっぱりすごいなぁ…。
 

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やま

大阪城散策 (2021/11/20 訪問)

今回は櫓内部の一般公開をしていたため、西の丸庭園めがけて登城。櫓内部は初めて見学したので感動ものでした。紅葉も綺麗で色々見て回った結果、大阪城2周するくらい歩き回って癒されましたが、疲れもしました。

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ランフランコ

#10 浪華城 (2019/01/19 訪問)

巨大で立派です。ただ、エレベーター丸出しはいただけない。

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あんどれ

『豊臣時代』 (2021/11/06 訪問)

テーマ展『豊臣時代』を鑑賞。

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概要

現在見られる天守は、五重六階地下二階・黒漆塗の下見板張・金箔瓦という、豊臣秀吉が築いた望楼型天守を模した3代目(鉄筋コンクリート造の復元天守は日本初)。徳川秀忠が豊臣時代の城跡に盛土をし建設した2代目は、五重五階地下一階・白漆喰塗籠・瓦葺きの層塔型天守だった。

城郭情報

城地種類 輪郭式平城、平山城
築城年代 天正11年(1583)
築城者 豊臣秀吉
主要城主 豊臣氏、奥平氏、徳川氏
文化財史跡区分 国重要文化財(櫓・門等)、登録有形文化財(再建天守)、特別史跡
近年の主な復元・整備 徳川秀忠
天守の現況・形態 連結式望楼型[5重6階地下2階/1585年築/焼失(落城)]、独立式層塔型[5重5階地下1階/1626年再/焼失(落雷)]、独立式望楼型[5重8階/1931年再/SRC造復興]
主な関連施設 復興天守、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓、門、石垣、横堀(水堀)
住所 大阪府大阪市中央区(大坂城公園)
問い合わせ先 (財)大阪市博物館協会大阪城天守閣
問い合わせ先電話番号 06-6941-3044