汐ノ宮駅から徒歩20分弱で、登山口(34.459689、135.581311)に着きました。
金胎寺城は、嶽山城のある嶽山の南方にある金胎寺山にあります。
元弘年間(1331年~1334年)に楠木正成が築城し、佐備正忠が入ったとされます。
あるいは、正平年間(1346年~1370年)に楠木正儀、和田正武が築城したともされるようです。
1447年頃から戦国時代にかけて、畠山氏の家督争いで、畠山義就が嶽山城に立て籠もり、金胎寺・寛弘寺・金剛寺・国見山などの支城を構え、3年近くの間、畠山政長と戦っています。
1360年(正平15年)畠山氏の持ち城であったようで、1463年(寛正4年)に畠山義就が寄ったが、筒井氏などに攻められ落城したとされます。
1466年(文正元年)復権を狙う義就が金胎寺城に陣をして烏帽子形城を攻撃したという史料もあるようです。
1493年(明応2年)畠山基家(義就の嫡男)の家臣の甲斐庄氏(隆成?)が在城したという記録もあるようです。
1524年には政長流の畠山稙長軍がこの金胎寺城に集結し、仁王山城にいた義就流の畠山義堯を攻撃しています。
登り口ゲートを開けて案内に従い山頂まで行きます。
金胎寺城跡本丸からの景観は素晴らしいです。
攻城時間は50分くらいでした。次の攻城先=高屋城へは、汐ノ宮駅から電車で古市駅に向かいました。
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