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チェブ

鳴瀬 四太郎さんの居城。 (2019/02/17 訪問)

全国に「城山公園」と名前がつく公園は幾つあるんでしょうね?
東京都町田市の「成瀬城」も「城山公園」の中に石碑、説明板があります。
恩田川の高台にある「成瀬城」。お城が築かれそうな場所ですが、石碑がなければ普通の公園に見えてしまいました。
城主、鳴瀬 四太郎さんも初めて聞く名前です。
調べてみたら武蔵七党の横山党の鳴瀬さん、、、?
横山党は東京都八王子駅の近くに「横山党館」があり、横山さんの本拠地でした。
ビミョーにピンとこない城攻めでした。
もう少し、勉強します!

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こるまろ

登城には注意が必要 (2019/02/27 訪問)

荒れた登山道と急峻な山坂で登城には注意が必要。 お城に関する案内&説明看板無し。
ブログ:https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/42555829/

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TESTU89

コミュニティセンターです。 (2019/02/27 訪問)

御影地区のコミュニティセンターです。真ん中に消防団の詰所が有ります。とくに遺構が有りませんが、隣接して資料館が有るようです。駐車場は、有りました。

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まーP

二ノ丸石積み (2019/02/17 訪問)

二ノ丸の石積みです。ここで驚きの出合いがあるとは。

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にのまる

推定地一帯 (2019/02/22 訪問)

城址とされる場所は学校でした。説明板も石碑も何もありませんが、丸子城から4kmウォーキングして脂肪燃焼できたので良しとして、学校周りを一周して帰ろうと思ったら竹藪発見。そしてその先に公園発見。
もしかしてこっちが城址だった?と思い、中に入ると土塁らしき盛り土が!
公園内で別の盛り土の発掘をされていたので伺ってみたところ、古墳の調査でした。
発掘調査中なのは円墳で、私が最初に土塁と思ったのは前方後円墳かもしれないということでした。そう言われて改めて見ると確かに鍵穴の形をしています。これが前方後円墳であると確定できたら川崎市初で、県指定が取れるかもしれないということでした。どうやらこのあたり、古墳群らしいです。
古墳を土塁や物見台に転用する例は多いので(千葉の松ヶ崎城をイメージ)ここの古墳も井田城の土塁になったのではないかとも思いましたが、一度古墳だと思ったらもう古墳にしか見えませんでした。
とりあえず、竹藪を見たら条件反射で城跡だと思うのはやめなければとも思った一件でした。

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DK

【冬とお城】 (2017/01/18 訪問)

数日前に寒波到来で積もった雪でいつもと違う景色が見られると期待しつつ雪が積もる山道を登城して撮影。

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DK

【冬とお城】 (2018/01/10 訪問)

続日本100名城登録前に訪城しました。この時は城跡もまだ静かで貸切状態でゆっくり見れ写真にも人が映りこむ心配もなく夢中でシャッターを切り気づいたらあっという間に2時間ほど経ってました。

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カルビン

潜竜院とは (2018/06/10 訪問)

昨年続100名城スタンプを頂きに岩櫃城再訪致しました。

以前は無かった大きな駐車場と観光案内所・・・昔は観光案内所が車3台くらいだけ止められる駐車場だったんですけど・・・
なんか違う場所に来たみたいな印象でしたw

一度ガッツリ見学していたのでスタンプだけ入手して移動しようとしましたが、登城口から徒歩10分で主郭まで行けると書いてあったので、勢いで登る事に。
(以前凄く時間かかったイメージがあったんですが、そういえばその時は竪堀道が雪道になっていて苦労したのを思い出しましたw)

その竪堀の所が一番キツイところですが、実際10分で主郭に行く事が出来ます。。。山城とはいえ車で比高を稼げるので、登りがキツそうと言う事で回避されている方も多いかもしれませんが、そんなに大変ではないですよ(^ω^)v


さて、多くの方がお城紹介されているので、あえて写真半分は真田昌幸が武田勝頼を迎えようとした潜竜院の写真にしてみました。

岩櫃城から徒歩での移動は大変なので、潜竜院に行かれるのであれば、車で移動して一旦山を降り、南西側から回って行くのが良いと思います。
丁度岩櫃山登山者用との兼用の無料駐車場ありますので。

そこから歩いて10分程度で潜竜院には行く事が出来ます。

こちらには個人的に2015年に訪問したのですが・・・岩櫃山の絶壁が眼上に見える、絶景がそこにはありました(@Д@)
潜竜院が霞む程にw

潜竜院は石垣の土台まで造られてその状態で止まっており・・・皆様も現地で歴史を顧れば・・・なーんで勝頼君、岩殿行っちゃったかな~って思わずツッコミたくなるでしょうw

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チェブ

たくさん城のたくさんの看板。 (2019/02/17 訪問)

東京都町田市にある「沢山城」に行きました。「さわやま」ではなく「たくさん城」です。
沢谷戸自然公園の裏山がお城跡です。
いざ出陣です!
この山は私有地ですのでマナーに気をつけましょう。
土塁やら空堀が見事にあります。
写真を撮ろうと思ったら地元の方の「写真を写す時は民家を入れないように!」「団体の方はお戻りください!」「立ち入り禁止」等々の看板がたくさんありました。
もしかしたら、節度のないお城ファンが地元の方を不快にさせてしまったのかもしれませんね。
私は、写真を撮るのは諦めました。目に焼き付けます!
素晴らしいお城跡です。
地元の方や私有地を開放してくれている方々の迷惑にならないようなお城巡りしたいですね。

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イオ

【冬とお城】 (2017/01/28 訪問)

この冬は、冬らしいお城の写真は撮れてないのですが、せっかくですので、2年前の金沢城の写真から。

こうして以前の写真を見返していると、また行きたくなりますね。ちょうどこの時は100名城のスタンプ帳を忘れて行ったため、いずれ再訪の必要はありますし、何より当時は石垣の魅力がまだよくわかっていなかったので、今度はじっくり石垣めぐりを楽しみたいものです。

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尾張三成

小牧、長久手の戦いの際の臨時の砦だったようですがナカナカの広さだったみたいです。
楽田城に本陣を置いた秀吉軍の右翼の砦だった事を思えば広くて当然かも。
徳川方、豊臣方の位置関係を確認するといかにも対峙している風で面白い。
遺構に石垣とありますがこの案内板の裏の民家の廻石が「石垣に使われていた」石のようです。
周りの用水路は堀だったのかも。
案内板の「河田砦」というのは北へ5キロほどの木曽川沿いに碑がありました。

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ゆきむら

冬とお城 山並みと高知城 (2017/11/20 訪問)

南国 高知は海のイメージがありませんか?実際には県内の7割程度が山だそうです。高知城の天守閣に立つと、長曾我部元親や山内一豊、坂本龍馬達もこの山並みを見て生きていたんだと感じます。高知城に登ると不思議な希望が湧いてきますよ!

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聖月

冬とお城

初めての竹田城が
美しき白の世界でした。

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前ちゃん

天守ばりの国民宿舎がそばにある (2019/02/26 訪問)

歴まちカードをもらいに、湯浅近くを散策。醤油屋や「稲むらの火 の館」などいろいろ。

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にのまる

㊗️ (2019/02/24 訪問)

todo94さん、3度目の日本100名城コンプリートおめでとうございます🎊

私には到底踏み込めない山奥の奥の奥の城址など、未知の世界の様子をいつもワクワクしたり驚いたりしながら拝見しております。

お祝いに小田原城天守と満開の河津桜の写真をどうぞ!


=スタンプゲット中間報告=
現在、100名城78個、続100名城67個です。

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todo94

3度目の日本100名城スタンプラリー・コンプリート (2019/02/24 訪問)

1度目は2008年5月17日、今はなき寝台特急はやぶさに乗って熊本城にてコンプリート。最も好きな城・熊本城で締めたかったのです。本丸御殿と飯田丸五階櫓にも初めて入りました。スタンプ帳は公式ガイドブックに附属のものでした。

2度目は2013年4月28日、自宅から最も近い現存十二天守の松本城にてコンプリート。冷え込みの厳しい日で天守最上階から槍ヶ岳がきれいに見えました。スタンプ帳は、無料で頂いた日本城郭協会のものでした。因みにこの2回目は、1回の旅で1個しかスタンプを捺さないという一翻縛りをかけていたので、スタンプラリーを開始してからコンプリートまで5年近くかかっています。

そして3度目の日本100名城スタンプラリー、今回の締めは世界遺産にして三大連立式平山城の姫路城しかないと心に決めていました。丁度、冬の特別公開小天守群開催期間に当たるという僥倖にも恵まれました。連立式天守の魅力を存分に味わうことのできる貴重な機会です。姫路城マラソンの日に重なってしまって、帰路は大変な大回りをさせられてしまいましたが、朝は開城50分前には並んで待ち始めたので、非常に快適に大天守や櫓群を楽しむことができました。3度目の日本100名城スタンプラリーを開始したきっかけは、第1回お城EXPOにて、「日本100名城に行こう」という公式スタンプ帳が付いた書籍を購入したことによります。2016年12月30日の鹿児島城からスタートして2年1ヶ月26日でのコンプリートとなりました。

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くろもり

土成 (2014/09/21 訪問)

関ヶ原の合戦後に、出羽国に転封となった佐竹氏が築いた土の近世城郭。石垣がある所でも膝上くらいしか高さがなく、徳川氏に遠慮していた姿勢を彷彿させますが、城自体は圧倒的です。うまく言葉にはできませんが、とにかく圧倒的。私では説明が不足しているので、小城小次郎さんの投稿を参考にされた方が城の凄さが伝わると思います。

佐竹氏の本城にして、近世最高の土の城(と自分では思っています)にふさわしい広大な城域と高低差に加えて、大きな水堀や表門や御隅櫓等も復元されており見所がたくさんです。また、城内にある秋田市立佐竹史料館では、佐竹義重公と義宣公の毛虫の前立てが有名な具足や義宣公の御旗等が見ることができるだけでも凄いのに、なんと写真撮影可でした。

御隅櫓にあった城のジオラマの出来も素晴らしく、ジオラマの写真だけで46枚程撮っていました。おそらく城のジオラマで一番写真を撮ったと思います。それほど素晴らしいジオラマでした。

後、城とは直接関係のない話になるのですが、城の東の三ノ丸近くの道路を歩いている時に、自転車を何度も乗り降りしている老紳士の方がいて、「自転車が故障したのかな?」と思い声をかけようと近づくと、いちいち自転車を降りてはポイ捨てのタバコを拾われていました。この時の衝撃と感動は久保田城と同じくらい強烈に私の心に残っています。

まだ暑い季節だったので、中土橋の所でおばあちゃんが「ババヘラアイス」なるものを売っており、綺麗な蓮の花の形に整えてくれました。秋田弁だったので所々会話が聞き取れませんでしたが、本物の秋田弁を聞けたのも今ではいい思い出です。

佐竹氏の久保田城築城を題材にした岩明均先生(寄生獣の著者)の「雪の峠」という漫画あるのですが、かなりおすすめです。久保田城や関ヶ原の合戦後の佐竹氏に興味のある方ならきっと読んで損はないかと思います。

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にのまる

世田谷吉良氏と後北条氏の空気が漂っていた。 (2019/02/22 訪問)

学生時代に近くに住んでいたことがあり、カルビンさんの投稿を拝見して懐かしくなり行って来ました。
私が住んでいた小杉陣屋町とは駅の反対側の商店街を進むと、大楽院にぶつかります。大楽院は日枝神社の神宮寺で、所蔵する釈迦如来坐像の胎内から武蔵世田谷と蒔田を領有した吉良氏朝(1543〜1603)の家臣名等を記した墨書銘が見つかったそうです。戦国時代の匂いがしてきました。
丸子城跡と伝わる日枝神社には目に見える城の遺構はありませんでしたが、北条氏直の発給文書二通と大久保長安らの連署奉書一通を所有していると解説板にありました。氏直の文書の一通は、多摩川の出水により流路が変わったために生じたこの地域の境界争いを裁決したもので、日付が天正18年3月16日とのこと。
秀吉が北条討伐のため聚楽第を出陣したのが天正18年3月1日。
山中城が落とされたのが3月29日。
年貢に関わってくるから大事なことだとは思うけれど、まもなく小田原城が包囲され、滅亡へのカウントダウンが始まるこの時期に及んでも領国内の揉め事の処理に奔走していたとは。
後北条最後の日々を思いがけず辿り偲ぶこととなりました。

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朝田 辰兵衛

イイ雰囲気出してますが… (2018/06/08 訪問)

この程度じゃ,信長の野望の足元にもおよばないと感じました。

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モト

周りを囲む空堀と土塁 (2019/01/29 訪問)

本郭を囲む土塁と空堀が見れました。
工場地帯の中にある御前原城は一見、こんな所に城址があるのかと思う立地ですが、どうでしょうちゃんと残ってました。
周りの道に一旦、車を停めて虎口から中に入ります。
本郭は空堀、土塁に囲まれていました。
空堀、土塁と雰囲気があります。
当時の空堀、土塁はもっと深くて高いものだったんであろうことも容易に想像できます。
本郭の中は井戸跡や神社の祠が建っておりましたが、ほとんどは広場になっておりました。
ですが、これだけの遺構が残っていれば、十分に城址の雰囲気を感じることができます。
空堀、土塁の感じは、居館タイプの遺構としては良い城址ではないかと思いました。

皆さまの投稿にもありましたが、工場を作る際に壊さずよくぞ残してくれましたです。
その感想に、ほんとうに同感です。

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