高島城は、松江城・膳所城と並び日本三大湖城の一つに数えられています。
恥ずかしながら訪問するまで、諏訪湖畔に聳えるお城を想像していました。
徳川家康の関東入り後に、豊臣秀吉の家臣で築城の名手、日根野高吉が諏訪に赴任、七年の歳月をかけて諏訪湖に突き出る水城、三重五階の独立式望楼型天守を頂く、連郭式平城を完成させます。この普請は領民にとって過酷な労役だったようで他国に逃散するものが多くあったようです。
関ヶ原の戦いを経て、諏訪氏が旧領に復帰、逐電した民を呼び戻し、新田開発して領土の復興をはかります。それ以後も諏訪湖の干拓は進み、水城の面影が失われていったようです。
現在のお城は1970年に再建された復元天守です。資料館になっており、三階展望コーナーの眺望から、湖岸まで 800m も離れてしまっている事がわかります。
当時の諏訪の浮城の姿は、江戸時代の浮世絵を通して確認出来ます。渓斎英泉 木曽海道六十九次「塩尻嶺 諏訪ノ湖水眺望」の絵がいいですね。
歌川広重 冨士三十六景「信州諏訪之湖」
葛飾北斎 富嶽三十六景「信州諏訪湖」
などでも諏訪湖と富士山、そして高島城が描かれています。
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