2026年5月11日~6月11日まで中国地方と兵庫県のお城を攻城する予定です。
1年ぶりの遠征に向け、事前の足ならし攻城(中央線&京王線沿線城巡り)に続く第2弾は日帰り三浦半島城巡りです。
日帰り三浦半島城巡り4城目は佐原城です。
京急の久里浜電話局バス停より徒歩10分弱で、城址入口付近(35.237148、139.683952)に着きました。
佐原城の築城年代は定かではないが平安時代末期に佐原義連によって築かれたと云わります。 三浦氏の本拠、衣笠城の大手を守る支城でした。
佐原義連は三浦義明の子で佐原に住んで佐原氏を称しました。三浦一族は源頼朝の挙兵に応じ、一時は平氏に攻められ安房へ敗走することになりますが、再起を果たし、佐原義連は源義経らとともに平家討伐に加わり貢献しています。
義連は1189年(文治5年)の奥州合戦にも参陣して武功を上げ、会津の地を与えられています。この義連の孫、光盛が葦名氏を名乗り、盛氏の代には奥州を代表する戦国大名となりました。
三浦氏は1247年(宝治元年)の宝治合戦において、執権北条氏により一族の大半が滅亡したが、義連の孫盛時が北条方について相模三浦氏を再興しています。
現在城址は宅地化のため遺構はありませんが、丘の上に碑と説明板が建てられています。
近くにある満願寺には義連の廟所が市指定史跡として保護されています。
浦賀城から佐原城にくる途中、京急久里浜駅と北久里浜駅を経由しました。
F社勤務時代に、NTT横須賀研究開発センタに通っていましたが、その時に北久里浜駅を利用した記憶があります。
会社の宿泊施設があったような記憶がありますが、野比駅だったかな、駅周辺は45年以上前とは驚くばかり変化でした。
そんな事を考えながら、城址入口付近(フットサル&テニスクラブ入口脇登り口)に向かい城址碑へ。
登り口からの道の途中、切通しのような所を通ります。石碑と案内板がありました。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=衣笠城に向かう為、京急の風早バス停から京急の井戸店バス停に向かいます。
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