鎌倉時代に築かれた城で、北条方だったため、楠木正成一族に攻め滅ぼされたとのこと。南北朝期以降は史料に登場しませんが、戦国期に改修された形跡があるようです。
陶器城は駅から遠く(約2km)、車の場合も周囲は住宅地で駐車場もないため、駐める場所で苦労させられます。
城域は東陶器公園のあたりで、公園の南西部のフェンスの前に説明板があります。説明板の縄張図によれば、フェンスの向こう側が本丸跡で、本丸の北西部と南東部に曲輪が設けられており、北西の曲輪の北部は駐車場(一般の駐車はできない模様)に、南西の曲輪は幼稚園になっていて遺構は見られませんが、本丸跡には土塁が状態良く残っているのがフェンス越しに窺えます。
できることなら、中に入って遺構を見てみたいところですが、公園と幼稚園に隣接する立地で出入り自由にすると遺構の保護が図れないでしょうし、フェンスもやむなし、というところでしょうか。なにせ私も、子供の頃には近所の神社の斜面にスコップで穴を掘って秘密基地を造ったりしてましたので…。
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