豊臣秀吉の小田原攻めにより関東を追われた北条氏ですが、1万石あまりの小藩ながら氏政の同母弟・氏規の子孫が明治に至るまで狭山の地を治めました。
陣屋跡は宅地化されていますが、上屋敷藩主御殿跡付近の府道198号線沿いの小さな公園に石碑と説明版が建てられているほか、上屋敷跡の西側には水堀代わりの下池が残り、堺市の本願寺堺別院には大手門が移築されています。また、下屋敷跡には昭和13年にさやま遊園が造られましたが、平成12年に閉園した後は住宅地と公園になっています。
狭山陣屋は、日本最古のダム式ため池である狭山池の東畔に築かれましたが、狭山池の北側にある大阪府立狭山池博物館に併設の大阪狭山市立郷土資料館には狭山藩北条氏関連の展示があるようなので、ついでに行ってみました。郷土資料館はあまり大きくなく、狭山藩関連の常設展示もそれなりでしたが、狭山池博物館のほうは、狭山池北堤の断面の移設展示(底幅62m、高さ15.4m!)などなかなか見応えがあり、安藤忠雄設計の建物自体も、通路脇を水が滝状に流れ落ちていたり、迷宮のように何度も曲がったり上り下りさせられるなど、いろいろと趣向が凝らされていて、入館までの道のりも楽しませてもらいました。…急いでいたり疲れていたりすると、イラっとさせられるかも知れませんが(笑)
それにしても、子供の頃、夏はリバープール(流水プール)、冬は屋内スケートリンクとよく訪れていたさやま遊園が狭山陣屋の下屋敷跡であり、人々のために有効利用してほしいと北条氏から寄贈されたことによるものだったとは…。これまであまり馴染みがなかった(好きでも嫌いでもなかった)北条氏に一気に親しみを感じるようになりました。楽しい思い出をありがとう、北条さん!
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