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イオ

狭山藩北条氏 (2019/06/16 訪問)

豊臣秀吉の小田原攻めにより関東を追われた北条氏ですが、1万石あまりの小藩ながら氏政の同母弟・氏規の子孫が明治に至るまで狭山の地を治めました。

陣屋跡は宅地化されていますが、上屋敷藩主御殿跡付近の府道198号線沿いの小さな公園に石碑と説明版が建てられているほか、上屋敷跡の西側には水堀代わりの下池が残り、堺市の本願寺堺別院には大手門が移築されています。また、下屋敷跡には昭和13年にさやま遊園が造られましたが、平成12年に閉園した後は住宅地と公園になっています。

狭山陣屋は、日本最古のダム式ため池である狭山池の東畔に築かれましたが、狭山池の北側にある大阪府立狭山池博物館に併設の大阪狭山市立郷土資料館には狭山藩北条氏関連の展示があるようなので、ついでに行ってみました。郷土資料館はあまり大きくなく、狭山藩関連の常設展示もそれなりでしたが、狭山池博物館のほうは、狭山池北堤の断面の移設展示(底幅62m、高さ15.4m!)などなかなか見応えがあり、安藤忠雄設計の建物自体も、通路脇を水が滝状に流れ落ちていたり、迷宮のように何度も曲がったり上り下りさせられるなど、いろいろと趣向が凝らされていて、入館までの道のりも楽しませてもらいました。…急いでいたり疲れていたりすると、イラっとさせられるかも知れませんが(笑)

それにしても、子供の頃、夏はリバープール(流水プール)、冬は屋内スケートリンクとよく訪れていたさやま遊園が狭山陣屋の下屋敷跡であり、人々のために有効利用してほしいと北条氏から寄贈されたことによるものだったとは…。これまであまり馴染みがなかった(好きでも嫌いでもなかった)北条氏に一気に親しみを感じるようになりました。楽しい思い出をありがとう、北条さん!
 

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シロマサ

置塩登山口 (2019/06/22 訪問)

置塩城は標高約370mにある山城。後期赤松氏の本城でした。
文永元年(1469年)に赤松政則よって築城されたと伝えられています。
その後五代目城主則房が羽柴秀吉に服して開城するまで、約110年間城郭が存在した。
(以上 置塩城跡 ガイドブックより)

英賀城の西側を流れる夢前川の上流にある山城 置塩城に初めて行きました。
今回は登山せず、山麓を探索して終わりました。
まずは登山口の北側にある櫃蔵神社(置宮981)へ、大きな銀杏の木がありました。
そして隣の大きな看板から城山を眺めて、登山口の西にある駐車スペースに駐車。
登山口入り口には獣害防護柵が設置されています。
また道沿いの立て看板横には竹の杖があり、それなりの装備が必要かと思います。
入り口にガイドブックが置いてありましたので貰って来ました。
近くには姫路の奥座敷で有名な塩田温泉があります。

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シロマサ

英賀本丸、英賀神社、大木之濠跡 (2019/06/22 訪問)

東は水尾川、西は夢前川、南は播磨灘に囲まれた地に築いた平城。
英賀の戦い天正5年(1577年)の地。
黒田官兵衛が率いる500の軍勢で、毛利5000の水軍を撃ち破った。
まずは英賀本丸跡(中浜町2丁目42)は、石碑の前に車を駐車して撮影する。
次に英賀神社(英賀宮町2丁目70)へ、神社入り口の路上に駐車して探索開始した。
此処は何度かきているので、まずは東側に回った。
本殿は工事中で柵の外から撮影する。
西側に回って行くと何とか工事柵内に入ることでき、土塁跡を撮影した。
工事が休みで良かった。次に英賀神社の外へ出る。
外から撮影し、隣の公園にある模擬石垣を写し、車に戻る。
最後は英賀五差路の大木之濠跡に向かう。
北側にあるカメラのキタムラに留めて濠跡へ行く。
石碑と北側を流れる水路(濠跡)を撮影した。
次回機会があれば、水路を巡って見たい。

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じゅんじん

道路で真っ二つ (2019/06/21 訪問)

城址公園と御殿公園になっています。城址公園にはなにもありません。御殿公園に説明板と城址碑がありました。

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じゅんじん

お寺 (2019/06/21 訪問)

館跡がお寺になっています。門隣に説明板がありました。

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前ちゃん

地元の光秀ゆかりの城 (2019/06/18 訪問)

光秀ゆかりのの城

二次丹波攻めの際、波多野氏と荻野(赤井)氏の連携を断つため、陣とした城

大山・追手神社から登り、鐘が坂公園方面へ下山。柏原駅まで歩いた。

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じゅんじん

お城公園 (2019/06/21 訪問)

石浜城公園があり北側に石浜神社があります。レンタルサイクルでお城めぐりです。

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じゅんじん

朝の散歩 (2019/06/24 訪問)

出発まで時間があったので1時間ほど散策

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じゅんじん

夜の小田原城 (2019/06/23 訪問)

出張で小田原泊。天守ライトアップは21時までなんですね。居酒屋で小田原の魚や大山焼き鳥を堪能。酔い覚ましに回りました。(ブレぶれで申し訳ございません)

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神秘のベールに包まれた大城塞 (2015/10/12 訪問)

埴原城は松本市の東南に位置し、信濃守護小笠原氏の居城林城の南の守りを司っていました。築城時期など詳細は不明。在地の埴原氏(村井氏)の城だったようですが戦国時代甲斐の武田信玄が信濃へ侵攻した際、埴原城を攻撃し落城させています。そして埴原城落城を受けて、林城、桐原城など小笠原系の城砦が戦わずして自落しました。

埴原城の凄さは、尾根先から山頂部にかけて城の守りを厳重にしている点です。城の西側には中山砦(現・中山霊園)があり、そこからは松本平が一望できます。つまり、こちら方面からの敵の侵攻は容易に見つける事ができ鉢伏山など2000m近い山を背後にしている敵が攻めにくい東側に対する防御が完璧なのです。主郭から東へ二の曲輪と続き、大堀切で一本進路を切っておいてさらにその先に畝状の竪堀を配すると言う念の入れよう・・・。埴原城の見どころは主郭から東側のこのくどいほどの土木量にあります。主郭の石積みは長野県の山城に多く見られる比較的平らな石をそのまま積んだもので、二段構えの構造は埴原城内屈指の遺構と言えます。

登城口の蓮華寺から歩道伝いに登れるので難易度的には初心者でも安心して登れる山城です。また、蓮華寺周辺は埴原氏の屋敷などがあったと推定されています。麓の屋敷跡から山城の奥の院まで、これ程の規模でしっかり造り込まれている埴原城の遺構は一見の価値大です。

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小城小次郎

駿河丸城

安芸と石見の国境近くに「駿河」の名を持つ城があった。駿河にルーツを持つ吉川氏が最初に本拠地にしたとの伝承を持つ、小さなお城だった。

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カルビン

被させて頂きます。 (2015/05/17 訪問)

数年前に小さい「長崎館跡」の石柱があったゴルフ練習場も今は無くなったとの情報が数多く挙げられているので、自分も被せてupさせて頂きます(ーωー;)


自分の訪問した2015年5月にはまだゴルフ練習場健在で、しかも綺麗だったので・・・まさかすぐに閉鎖になるとは夢にも思っていなかったです。
・・・セレブの方々の住むようなエリアだっただけに近所のお客様多そうだったので尚更(汗)


ちなみに瀬田城(長崎館)の主・長崎伊予守重光が開祖となる行善寺がすぐ近くにあります(入口にはその旨が書かれた解説も)
(同じ道沿いにあるので、坂を下らぬように・・・疲れますのでw)

周辺は瀬田遺跡でもあったとの事なので、よく古墳がお城に利用されるのと同様、ここ瀬田城も同じような経緯で築城されたのかもしれません。


いずれにしても長崎館跡の石柱が無くなった今、行善寺の解説が長崎氏の名前が残る唯一の手掛かりになってしまったのかも。。。ま、行善寺附近も城址ともされているので、わざわざ遠くから行く必要は無いものの、お城好きな方なら付近を訪問された際には立ち寄っても損までは無いかと。
地形的な雰囲気は最低限味わえますので。

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中川藤兵衛尉

新家城 (2019/06/10 訪問)

 『日本城郭体系』に依ると、『摂津志』に山田城の支城の一つであると書かれてるそうです。現在の箕面東公園ですが、言われてみれば城っぽい? 段差があったり櫓台に使えそうな高まりがあったり

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中川藤兵衛尉

善福寺原城 (2019/06/10 訪問)

 『日本城郭体系』に依ると、『摂津志』に書かれている「粟生砦」はここか新家城かの何方かだろう、と。山の上にあり、粟生の街が見下ろせます

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中川藤兵衛尉

粟生谷城 (2019/06/10 訪問)

 地元の粟生氏の居城らしいです。摂津池田氏に仕え、白井河原合戦の頃には中川家に属していたとか。中川氏に従って摂津茨木、播磨三木、豊後竹田と移ったのかは知りません。

 多分、この一際高い所が城跡です。坂を下ったら一段低い公園がありますが、堀跡ですかね

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中川藤兵衛尉

本成寺城 (2019/06/10 訪問)

 大阪府箕面市にあった城。現・本成寺。山号が「古城山」なので、まさしくこの地に城があったのでしょう。高台にありますし

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赤い城

竹藪の中に深い空堀 (2019/06/22 訪問)

森林公園駅から徒歩で30分。
主郭部分とそれを廻る土塁、さらに外側に空堀と遺構はよく残っています。
空堀は竹藪となっていますが深く見応えはあります。
主郭は畑になっていて私有地かもしれません。
平安末期には築かれていたようです。
関係ないけどチョッと家畜の臭いが気になりました。。。

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たくわん

吉見百穴 (2019/06/25 訪問)

お城行く前に百穴行ってきました。お城の隣だもんね。実際は穴は2百以上あるんだって。最初は原始人の住居だって話だったのがよくよく調べたらお墓だってことが分かってきたとのことです。楽しめました。

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たくわん

埼玉の松山城 (2019/06/25 訪問)

松山城って日本全国にありますねー。今回は埼玉の松山城へ行ってきました。東松山駅からバスで百穴入口で降りました。ついでなので吉見百穴も見てきました。ついでにお城入口も聞きました。川を渡って階段登って山道登るとあら本丸。しっかり残ってます。二の丸三の丸もしっかり。堀なんかもしっかり。さすが国指定史跡。見ごたえありました。

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ぴーかる

三原城 (2019/03/23 訪問)

【続百名城31城目】
<駐車場他>未調査 <交通手段>18切符

<見所>天主台石垣・舟入跡

<感想>日帰り18切符攻城の旅。昼に三原駅到着、まずお好み焼きてっちゃんで昼食をとる。昼食後店を出ると朝の予報に反して雨が降りだす(+_+)。仕方がないので雨中、中門跡→みはら歴史館にてスタンプ、館には城の杉戸・鯱・軒丸瓦・ジオラマがある。→舟入跡→和久原川水はね跡石垣→天主台跡→小早川隆景像→宗光寺山門(新高山城の移築城門説があり行ったが、門脇の案内板に門の意匠から浅野氏が新築した説が有力らしいとの記述があった。見応えがあり、国の重要文化財なので一見しても良い)→二の丸鍛冶曲輪跡石垣→天主台上を見学し終了。現存の天主台(本丸)石垣は打込接乱積み、私の好きな扇の勾配、絵図から本丸の北西部先端なので本郭全体の巨大さが想像できる。三原の地は平地が狭く、すぐ北に桜山が接近しており、明治36年の古写真には既に今の所にSL機関車が走っているので城郭を潰して鉄道を敷くしかなかったのかと想像できた。雨が降り止みしてたので雨宿りしながら巡っていたので結構な時間がかかった。

<グルメ>お好み焼き「てっちゃん」は三原駅南徒歩5分程のところにあります。三原焼きといって広島市のお好み焼きとはすこし違うらしい。(私は違いはわからなかったが美味しいは美味しい)

<満足度>★☆☆

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