すのまたじょう

墨俣城

岐阜県大垣市

別名 : 墨俣一夜城、一夜城
旧国名 : 美濃

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太閤出世橋と模擬天守
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みんなの口コミ

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赤い城

一夜城 (2026/03/22 訪問)

今回の遠征ラストは墨俣城です。
長良川西岸に位置し、交通の要所でした。
豊臣兄弟での描き方は印象的でしたね。

立派な模擬天守が建ちますが遺構はありません。
川筋も変更されているので地形も含めて旧状はとどめていないと思われます。
城跡は公園になっていて模擬天守の裏手には豊国神社がありました。

せっかくなので模擬天守に登ってみました。
展望台からの眺望はよく、岐阜城(稲葉山城)も見えます。
ドラマでは「すぐ近く」と言ってますが結構な距離があると思いました。
当時とは時間の感覚が違うのでしょう。

犀川には800本の桜並木が続いています。
訪問時は咲き始め、見頃にはもう少しでした。
1週後のとある煩悩の登城目録さんが登城された頃が見頃だったようですね🌸

【見どころ】
 ・模擬天守からの眺望

※todo94さん、尼子十砦コンプおめでとうございます。
地元なのにひとつも行けてないのが痛恨です。
登城の際にレポート参考にしますね🤩

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べっち

墨俣城 (2026/04/04 訪問)

クラブツーリズムのツアーで行った

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すのまた桜まつり (2026/03/28 訪問)

 木下藤吉郎が一夜にして築いたという城です。墨俣一夜城伝説は、現在では江戸時代に創作された物語という説が有力のようです。
ただ墨俣は古くから交通や軍事上の要衝の地であったのは確かで、秀吉の一夜城の伝説の真偽はともかく城か砦はあったようです。天正14年(1586年)6月の木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の大氾濫により城は流されました。その後の河川改修などもあり城の痕跡は全くありません。
現在見ることができる4層6階高さ約23mの模擬天守は約30年前、竹下内閣の「ふるさと創世事業」による1億円を元手に総工費約6億6千万円で「墨俣歴史資料館」として建てられました。大垣城の天守がモデルとなっています。
 この日は「大垣市すのまた桜まつり」が開催されていて多くの人が川沿いにある桜を楽しんでみえました。模擬天守には否定的な考えを持っていますが、桜には天守は映えますね。遺構もなく2度と来ることはないだろうと思っていましたが、桜がきれいだという評判に誘われて行ってきました。

 JR岐阜駅もしくはJR大垣駅からバスに乗り墨俣バス停下車。徒歩約5分で模擬天守に行くことができます。

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ジェイド

太閤出世のお城です。あやかりたいものですね。 (2024/10/31 訪問)

太閤出世橋前空き地駐車場に車を停めました。墨俣城の目の前です。 近くには墨俣本陣跡や墨俣宿の碑がありますのでぜひ近所を歩いてみて下さい。

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 複合式層塔型[3重4階/1991年築/RC造模擬]
築城主 羽柴秀吉
築城年 永禄4年(1561)?、永禄9年(1566)?
主な改修者 伊木忠次
主な城主 羽柴(豊臣)氏
廃城年 不明
遺構 消滅
指定文化財 市史跡(一夜城址)
再建造物 模擬天守(墨俣一夜城歴史資料館)、石碑、説明板
住所 岐阜県大垣市墨俣町墨俣1742-1
問い合わせ先 大垣市教育委員会事務局文化振興課
問い合わせ先電話番号 0584-47-8067