一説には多比良氏が多比良城(新堀城)とともに永禄年間に築くとある。近くには八束山(八束山城)・朝日岳(天引城)があり、同時期の築城らしい。吉井町辺りからは模擬天守が見えて位置が分かる。もとは一郷山と呼ばれていたようだが、牛伏山と山名が載り、ハイキングコースになっている。由来が案内板にあり、天狗が住み、天狗が居た松が天狗松と言われ、天狗が村娘に恋をし、牛に乗って会いに行くが成就せず、諦められない天狗は娘を山の姿に変えてしまう。これが朝日岳と言われる。時は移り天狗も牛も見えなくなったが、山の姿が臥牛の姿に変わり、牛伏山と呼ばれるようになった。城跡と山頂の鞍部に牛象と天狗松がある。牛像は牛伏山山頂の露頭岩から彫られたと書かれている。
主郭に模擬天守が建っている。展望台の為だけと思ったが、資料館の役目をしている。先人さんの情報には土塁・空堀があったようだが、主郭下あたりから車道が上がり、西の牛伏山山頂手前まで通り、遺構らしきものは無くなっている。主郭の東は尾根が下り、数段の小規模な郭が唯一の遺構に思える。
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