日本100名城 現存12天守

まるおかじょう

丸岡城

福井県坂井市

別名 : 霞ヶ城
旧国名 : 越前

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丸岡城
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イオ

プロジェクションマッピング (2024/10/12 訪問)

今年2度目の遠征は福井県。岡山県に続いて日帰り圏内ですが、10月の三連休には丸岡城で「出張!お城EXPO in 坂井・丸岡城」と「丸岡古城まつり」、一乗谷で「一乗谷文化祭」、福井城で「越前若狭お城フェス」が開催されるため、城めぐりがてら各イベントをはしごしよう、ということで福井県に決定。ところが12日は丸岡城、13日は一乗谷、14日は福井城に行くつもりが、12日午後に外せない仕事が入ってしまい予定変更。せめて13日は朝イチから動けるようにと12日夜のうちに現地入りしました。

丸岡城では3年ほど前からNAKEDによるプロジェクションマッピングが実施されていて、せっかく泊まりで行くならぜひ観てみたいと思っていましたが、仕事を終え高速を飛ばして何とか2回目(21時~)の上映に間に合いました。10月からは特別篇「丸岡城が語る400年時代絵巻」と過去作品の二本立てで上映されていて、2回目の過去作品は「平和の祈り篇」でした。特別篇は丸岡城天守の破風を目に見立てて、天守が見守ってきた400年の歴史と四季が語られるという内容で、平和の祈り篇は戦災や福井地震、豪雪、豪雨から何度も復興を果たしてきた坂井市から、平和の祈りを復興の象徴であるフェニックスに乗せて世界に届けたい、という想いを込めたものなんだとか。上映前のカウントダウンには丸岡城ゆかりの武将たちも映し出されていました。

お天守マッピング上映後は、一筆啓上作品を施した行灯の灯された石段を下りてお天守前公園へ。公園の地面には人の動きに合わせて動くプロジェクションマッピングが上映されていました。そして、お天守前公園から天守を見上げて夜の丸岡城を後にしました。

NAKEDといえば二条城のプロジェクションマッピングで知られますが、丸岡城もさすがの美麗さでした。規模や上映時間が違うとはいえ、これほどのものが毎日無料で公開されているあたりに坂井市の力の入りようが窺えますね。2回目の上映中に背広姿の一団がやってきて、2回目終了後に3回目の上映があった(音声がお天守前公園まで聞こえました)のも、今にして思えば、お城EXPOや古城まつりに出展している姉妹都市・延岡市や現存天守のある自治体や観光協会の人たちに、丸岡城での取り組みを紹介していたんだろうな、と。城めぐりは基本的に日中のみなので、こういう夜の楽しみが他にも広がってくれると嬉しいな、とも思います。

…ということで、横浜に続いては2か月以上遡っての丸岡城です。考えてみれば、この時はお城よりも仕事を優先したんだから、横浜では仕事よりお城を優先しても罰はあたらないですよね、うん(自己正当化)。
 

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ハッスルオヤジ

丸岡城 (2024/12/05 訪問)

柴田勝家の甥、柴田勝豊が築城したお城です。日本100名城に認定されてます。

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イオ

ごんぼ汁

丸岡城には直接関係ありませんが、先日のお城EXPOでの平章小学校6年生の丸岡城についての発表の際にもらったパンフレットに、食チームによる「ごんぼ汁のレシピ」が掲載されていて「ぜひ作ってみてください!」とあったので挑戦してみました。

ごんぼ汁は福井県の郷土料理で、丸岡ではしょうゆ味のだし汁にたっぷりのささがきごぼうとうす揚げ、にんじん、ねぎを入れるのが特徴なんだそうです。買っておいた竹輪を家内に使われていたため蒲鉾で代用した以外は、ほぼレシピ通りに作りましたが、ほんのりと甘みのある具だくさんの汁もので、これからの寒い時季にはぴったりの身体のあったまる料理ですね。普通に一杯食べた後、ご飯に「ぼっかけて」もう一杯いただきました。平章小学校6年生・食チームのみなさん、レシピの紹介ありがとうございました。
 

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イオ

出張!お城EXPO in 坂井・丸岡城 & 丸岡古城まつり (2024/10/13 訪問)

出張!お城EXPO in 坂井・丸岡城に行ってきました。丸岡藩誕生400年を記念してお城EXPOと丸岡古城まつりが同時開催されるということで、2日目の開場直前に訪れましたが、すでに最寄りの駐車場は満車、霞ヶ城公園駐車場から歩いて登城しました。お城EXPOの会場は丸岡体育館。丸岡城をより多くの人に知ってもらいたいということでしょうか、入城無料なのが嬉しいところ。定番の日本100名城・続日本100名城パネル展のほか、北陸唯一の現存天守ということで現存12天守模型やお城の基礎知識の展示、城めぐり観光情報ゾーンも現存12天守の城が出展(宇和島城と松山城はパンフレットのみ)していました。

「丸岡藩誕生400年と丸岡城天守」記念展示では、様々な説明パネルや絵図、古写真だけでなく丸岡城の笏谷石の鬼瓦も展示されていました。中でも印象的だったのは明治以降の丸岡城天守についてのパネルで、民間に払い下げられた後に丸岡町に寄贈されて町の公会堂となり、城山も公園として整備されて、藩の権威の象徴としての天守から地域の人々に親しまれる「お天守」となったこと、昭和には旧国宝指定を受けて解体修理が行われるも、その完成からわずか6年後に福井地震により天守台ごと倒壊…。幸い地震による火災で焼失することなく部材のほとんどが遺っており、解体修理時の図面や写真が多く存在していたことから、国重文指定により国が費用の半分を負担し、残り半分を地元が全国からの支援を受けて負担することで天守台と天守が再建されたこと。現在見られる天守が福井地震からの再建であることは承知していましたが、自らも被災して困難な状況にあっても諦めることなく自分たちの「お天守」を再建しようと立ち上がった地元の人々がいたからこそ、こうして現存天守としての丸岡城に登城することができるんだなぁ…と考えると、パネルを見ながらちょっと感動してしまいました。

会場内をひとめぐりしたところで、イベントステージで丸岡城下の小学生による発表があるとのアナウンスがあり、ちょうどいいタイミングだしちょっと覗いてみるか、と軽い気持ちで入って行くと、客席最前列にはビデオカメラを構えた保護者らしき一団。ですよねー、と思いつつ(私も自分の子が出演するなら最前列でビデオを構えます)、邪魔にならないところに座って観覧させていただきました。丸岡城の北隣、二の丸跡から追手門跡の間に位置する平章小学校の6年生(城グループ)による丸岡城についてのプレゼンで、パワーポイントを使いこなし、パンフレットを作成し、寸劇あり客席への問い掛けありで、どうすればみんなによく伝えられるかいっぱい考えて、お城EXPOでの発表に向けて練習を重ねてきたんだろうな、と考えると、こんな見ず知らずのオヤジまで胸が熱くなりました…。さらに、平章小学校の5・6年生は毎年天守の清掃をしているとのことで、我々が綺麗な天守に登城できるのは地元の子どもたちのおかげでもあること、そうして子どもたちの曽祖父(くらい?)の世代が福井地震から天守の再建を果たした丸岡城を大切に思う気持ちは、世代を経て今の子どもたちにもしっかり受け継がれているんだなぁ…と考えると、またまた胸が熱くなりました。平章小学校6年生・城グループのみなさん、素敵な発表をありがとうございました。

体育館出口でアンケートに答えて丸岡城下町再生古地図のクリアファイル(城下町めぐりに活用できる優れもの!)をもらい、続いては、体育館東隣のふれあい広場での丸岡古城まつりへ。会場の周囲には模擬店やキッチンカー、おもてなしブースなどたくさんの出店があり、メインステージからは丸岡中学校・丸岡南中学校吹奏楽部による演奏が聞こえてきます(学園天国ノリノリです!)。出店を見て回っている中、お天守前公園で「霞ケ城の戦い」と題した綱引きが開催されるとのアナウンスがあり、そちらに行ってみると、鎧着初め式を終えたばかりの中学生と古城まつりを中心になって開催してきた親世代の対決で、鎧武者同士による綱引きを観るのは初めてでしたが、激闘の末、次代を担う中学生チームに軍配が上がりました。綱引きの後は、出陣式に続いて丸岡城歴代城主らによる越前丸岡武者行列がお天守前公園を出発。このまま武者行列について行って、ふれあい広場での丸岡藩有馬鉄砲隊による演武なども観たいところでしたが、この後の予定(とことん一乗谷)もあるので、ここまでで丸岡城を後にしました。小学生の発表に続いて小城小次郎さんが百口城主として登壇されることを思い出したのは一乗谷に向かう道中でした…。

ともあれ、爽やかな秋空の下、地元の人々が丸岡城を大切に思う気持ちを強く感じたお城EXPOと古城まつりでした。
 

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概要

柴田勝家の甥・勝豊が天正4年(1576)に築城。小さい丘に本丸と二の丸があり、五角形の内堀、さらにその外側が三の丸と外掘で囲まれていた。本丸といくつかの堀が現存し、笏谷石を屋根瓦に用いた二重三階の天守が古の風格を今に伝える。

城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 天正4年(1576)
築城者 柴田勝豊
主要城主 柴田氏、青山氏(丹羽氏家臣)、今村氏(結城氏家臣)、本多氏、有馬氏
文化財史跡区分 国重要文化財(丸岡城天守)
天守の現況・形態 独立式望楼型[2重3階/築年不明/現存]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守、移築門、石垣
住所 福井県坂井市丸岡町霞
問い合わせ先 霞ヶ城公園事務所
問い合わせ先電話番号 0776-66-0303