日本100名城 現存12天守

まるおかじょう

丸岡城

福井県坂井市

別名 : 霞ヶ城

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丸岡城
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夏の雪だるま

日本最古の天守間 (2016/09/22 訪問)

日本百名城の一つ福井県坂井市の丸岡城です。越前朝倉氏が滅んだあと、一向一揆が勢力を盛り返したため1575年織田信長が一向一揆の拠点豊原寺を攻略。柴田勝家を越前守護とし、勝家は養子の勝豊を豊原寺に配し城主としましたが、山間地で交通の不便なことから1576年豊原西方4kmの丸岡城を新たに築城し城下町も移しています。築城後も一向一揆の残党が攻撃を仕掛けることが有り、城にある井戸から大蛇が表れ霧を吐き城の危機を救ったとの伝説から別名霧ヶ城とも呼ばれています。本能寺の変後の清洲会議で琵琶湖東岸の長浜城が柴田勝家のものとなったことから、1582年勝豊は長浜城主へ移り、丸岡城は勝家家臣の不破氏が城主となります。北庄城で勝家が滅亡すると、越前の領主となった丹羽長秀の家臣青山氏が城主となっています。丹羽長秀死後独立大名となった青山氏は1600年関ヶ原の戦いで西軍に味方したため領地没収。新たに越前の領主となった結城秀康の家臣今村氏が城代となりますが、御家騒動により今村氏は失脚。1613年「鬼作左」と呼ばれた本多重次の子成重が城主と成り、現在残る城郭に改修したとされます。本多氏が御家騒動により改易となると、1696年九州延岡より有馬氏が移封となり、明治維新まで続いています。城は福井平野の北東部に位置する独立丘陵に本丸、麓に二の丸・東の丸、西の丸を配し回りを内堀で囲み、外側の三の丸に家臣屋敷を置き外堀を廻らした平山城です。明治維新により堀は埋められ武家屋敷や城門などの建物は取り壊されましたが、国内最古と言われる二重三層天守閣が残り本丸付近の石垣と併せて霧ヶ城公園として整備されています。

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朝田 辰兵衛

丸岡城の木造天守外観は… (2017/11/25 訪問)

雨に濡れたほうが重厚感が出て,威厳を感じるのではと思います。そうそう,お静さんが人柱になっているのは,入口から入って,中央3番目の柱だそうです。受付の女性の方に伺いました。

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丹羽長重

日本最古の天守閣 (2018/12/23 訪問)

北陸旅行で金沢城→福井城→北ノ庄城とまわった後最後に丸岡城に行ってきました。普通は福井駅からバスで行くところを丸岡駅からタクシーで向かいました🚗
丸岡駅は田舎っぽさもあるし懐かしい感じの駅なのでこちらのルートもおすすめです!
さて話はお城の方に戻して、丸岡城は小高い山の上にあります。現代感溢れる階段を登っていくと古風溢れる天守閣が見えてきます。このギャップのおかげで天守閣が見えてきたときに凄く感動しました。さらに天守台の野面積みが良い!荒々しい雰囲気を醸し出しています。
そして天守閣の中へ。中は木の香りが漂い、黒っぽい色がまた昔の感じがしました。さらに、窓から屋根を覗くと丸岡城の醍醐味の石瓦がドーーーーンと現れ「おーーーーーーー!」ってなります!やはり現存天守って良いですね~
また、丸岡城の麓にある一筆啓上茶屋では丸岡城グッズが買えて旅のお土産にはピッタリです。
丸岡城、とっても楽しかったです!そして……
🥡明けましておめでとうございます🎍

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ノリ

丸岡城紅葉 (2018/11/18 訪問)

紅葉まつり開催時に訪問
期間限定「トレジャーハントジャーニー」に参加
宝を探しながら丸岡城周辺を散策。

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概要

柴田勝家の甥・勝豊が天正4年(1576)に築城し、その時に造った天守は現存するものでは日本最古とされている。小さい丘に本丸と二の丸があり、五角形の内堀、さらにその外側が三の丸と外掘で囲まれていた。本丸といくつかの堀が現存し、笏谷石を屋根瓦に用いた二重三階の天守が古の風格を今に伝える。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 天正4年(1576)
築城者 柴田勝豊
主要城主 柴田氏、安井氏、青山氏、今村氏、本多氏、有馬氏
文化財史跡区分 重要文化財1件
近年の主な復元・整備 平成14~15年に天守の屋根を修理
天守の現況・形態 望楼型 二重三階 木造(現存)
主な関連施設 丸岡歴史民俗資料館
主な遺構 天守、本丸、石垣
住所 福井県坂井市丸岡町
問い合わせ先 霞ヶ城公園事務所
問い合わせ先電話番号 0776-66-0303