たてばやしじょう

館林城

群馬県館林市

別名 : 尾曳城
旧国名 : 上野

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小城小次郎

館林城

かつて工場に占拠されたことで、結果的に広大な本丸の地が守られたとも言える。

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響ちゃん

晴れ (2019/08/31 訪問)

井戸があるっぽい

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にのまる

18きっぷ3回目 (2019/08/14 訪問)

山城は秋まで我慢。
ここだったら大丈夫でしょうと選んだのが館林城です。
(が、食後に甘くないデザートをつけたのでやっぱりヘロヘロになりました´д` ;)

到着後、最初に目についたのが色とりどりの傘の花☂️☂️
映え〜(((o(*゚▽゚*)o)))♡
しかし、ホントに雨が降り出してきたので、傘本来の役目を果たしており。
インスタ映え狙いとかじゃなくて、ホントに雨避けとして吊るされたのかも⁉︎という気もしてきました。
そしてこの既視感は…神宮球場。
東京音頭がリフレイン。ドッ、ヨイヨイ♪

敷地から一旦外に出たところにあった千貫門跡の碑。神社に奉納された絵馬を元に作られたというレリーフが嵌め込まれていて、これが当時の姿を想像する手がかりになりました。
特徴的なのは鉤型に折れる土塁です。
千貫門から千貫橋を渡ったところにあった土橋門。
復元された土橋門に繋がる鉤型の土塁は残っていて、外側に敷かれた石畳の道を歩いてその見通しの悪さを体験できます。この道は現在、生活道路(抜け道)のようでもありました。
土塁の内側は夏草が生い茂り近づくことができませんでしたが、季節がよければ土塁の上に登ることも出来るのかもしれません。(未確認)

館林城といえば榊原康政です。
ポチって榊原康政を家臣団に加え、徳川四天王がやっと揃い、いくつかのクエストを達成できたからには御墓参りに行かなければ。

榊原家歴代の墓所、善導寺までは2.8㎞。
雨の心配はあったけれどとりあえず歩き出したら途中から土砂降りになり、雷鳴も聞こえてきて(;o;)
傘も役に立たないくらいでしたが、幸い(?)引き返すのはもったいないというところまで来ていたのでしばらく雨やどり。
小雨になったところで残り600mをダダダーッと駆け抜けてゴールイン🏁
ヘロヘロです。
でも、行ってよかった。
初代藩主らしい立派なお墓でした。

で、帰ろって思って近道を検索したらすぐ近くに大きなショッピングモールがあって、これは駅までバスが出ているんじゃないかと調べたら50分後に出ていたので、もうこれは「歩いた方が早い(そしてタダ)」とか考えずにバスで帰ることにしました。
その50分の間に雨はすっかり上がり、気温急上昇。
近くにいた方が、館林は最高気温の記録が売りだったのに観測する場所を移動してから前橋(だったかなぁ?)の方に抜かれてしまった。こんなに暑いのに。とぼやいておられました。
そういえば昨年夏も酷暑の群馬県歩いたなぁ(小幡陣屋=楽山園とか)と思い出しました。

来年もまた同じことを繰り返したい!!

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北条氏勝

黄金級の歴史!!真の消えた名城

今の城好きは、かろうじて残る土塁や空堀を見て、イマジン(想像)しながらお城を楽しんでいますが、現代に残ってはいないが最高の名城だったお城もあります。

それがご紹介する館林城です!

では館林城の輝かしい歴史をご紹介します。

この城は、築城当時の妖狐伝説が残るお城です(妖怪の伝説があるのは「姫路城」と同じですね)。
狐がここを案内して尻尾で縄張りをしたという伝説が残っています。
狐が縄張りをしたお城。なかなかないですね。実際に秀吉による小田原征伐のとき、狐しわざよって攻め落とすことができませんでした(詳細は省略)。結局、開城してしまいましたが、最初から無血開城のつもりではなく戦ったのですから現在もお城が残っていれば鉢形城などとともにスポットライトを浴びていたと思います。

その後、家康の関東入封の際は、徳川四天王の榊原康政が入りました。徳川四天王が入ったお城。このお城の重要性がとても高いということがよくわかります。

その重要性は江戸時代になっても変わらず、なんと「犬公方」で有名な五代将軍の徳川綱吉は元館林藩主です。狐を大事にしている気風が移ったのでしょうか?

将軍になった徳川綱吉が藩主だったくらいの城だったので、門・櫓も豪華で天守もありました。

明治に入ると跡地には紡績工場ができました。(余談、上毛モスリンという会社です)
館林城のある群馬県と言えば世界遺産「富岡製糸場」ですね。歴史を感じます。今でも館林の歴史として当時の建物が残っています(移動していますが)。

遺構の少ない城ですが、歴史でお城を楽しむ方。首都圏は城に飢えてますのでぜひ行ってみては
※歴史以外のことも投稿する予定です

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城郭情報

分類・構造 梯郭式+連郭式平城
天守構造 型式不明[3重/1590年築?/破却(廃城)]、二重櫓[2重/1707年築/焼失]
築城主 赤井照光?
築城年 15世紀
主な改修者 榊原康政
主な城主 赤井氏、榊原氏、松平氏、徳川氏
廃城年 明治7年(1874)
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 県重要文化財(館林城鐘)、市史跡(館林城跡、館林城本丸土塁および八幡宮)
再建造物 石碑、復元門
住所 群馬県館林市城町甲23-1他
問い合わせ先 館林市教育委員会文化振興課文化財係
問い合わせ先電話番号 0276-74-4111