1ヶ月程前、福井県坂井市で開催された【丸岡城シンポジウム】ここまでわかった!お天守の新しい知見と謎 を拝聴してきました。
4年かけた調査により、現在の天守は本多氏が治めていた寛永期に造営整備されたものとのこと。また、天守を支えていた天守台の石垣は、1600年の関ヶ原合戦以前に遡り、織豊期の柴田勝豊が城主の頃か、秀吉政権下の青山氏の頃の構築のようです。調査に携わった先生方のお話は、興味深くとても面白かったです。解明できなかった謎の部分も、まだまだ有るそうです。
400年もの長い年月、国の体制仕組みが変わっても、自然災害に見舞われても、奇跡的に残って、現存している数少ない天守です。今後も大切に保存され、新たに解明されるニュースを楽しみに待ちたいですね。昔々、五角形した城構えの丘頂の本丸を中心に連郭式で広大な内堀を持つ、素晴らしいお城だったようです。
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