よいたじょう

与板城

新潟県長岡市

別名 : 直江山城、直江城
旧国名 : 越後

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小城小次郎

兼続推しのイメージはいい意味で裏切られる (2024/04/28 訪問)

直江家の城なのでどうしても兼続愛に溢れたお城・・という先入観にやられてしまうが実城の先には曲輪・堀切・曲輪・堀切の山城パラダイスが展開し、いい意味で裏切られる。本与板城から与板城に移った時期は実は謎なのだそうだ。

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しんちゃん

屋敷跡やら城門やら銅像やら (2019/08/14 訪問)

与板城の麓には城主直江兼続公の屋敷跡があり案内板が建っています。与板歴史民俗資料館(兼続お船ミュージアム)には地域の歴史や直江兼続公に関する展示も充実し、直江兼続公の銅像もありました。与板城(陣屋のほう)は戊辰戦争で焼けてしまいましたが恩行寺に切手門、西本願寺別院に大手門が移築されています。与板城も本与板城と合わせて三つあるんですね。

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しんちゃん

千人溜が特徴的な直江氏の居城 (2019/08/14 訪問)

少し写真が古いのだけど与板城の投稿です。八坂神社から続く遊歩道を登っていくと本丸に到達し、そこから二の丸・三の丸と続き間は空堀で区切られています、主要部の先には大空堀を経て千人溜と呼ばれる大扁平地があります。比較的コンパクトにまとめられた良い山城に大勢の兵を駐留できるスペースが付いている珍しい山城です。
飯沼氏が没落した後、直江氏が与板に入り実綱(景綱)・信綱・養子の兼続(養子だったんですね)と三代続き上杉景勝の会津移封に伴い廃城になったということです。

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与板陣屋 (2023/05/05 訪問)

 寛永十一年(1634年)に長岡藩初代藩主牧野忠成の次男康成で、1万石で入封しましたのが与板藩の始まりとされています。牧野氏は元禄二年に小諸に移封されました。その後、天領を経て、井伊氏の庶流である井伊直矩が二万石で入封し、井伊氏が明治まで治めました。文化元年(1804年)井伊直朗のときに城主格となり3年の歳月をかけて与板城(與板城)を完成させたとのことです。戊辰戦争で焼失したとのことです。冠木門が復元されています。また徒歩圏内の本願寺新潟別院には移築された大手門があります。近くには与板歴史民俗資料館と直江兼続像ありました。
本与板城から与板城へ行く途中にありました。同じ与板城の名があり与板城の周辺観光で投稿させていただきました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 直江景綱
築城年 天正年間(1573〜1592)
主な城主 直江氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、井戸跡
指定文化財 県史跡(与板城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 新潟県長岡市与板町与板字十二谷
問い合わせ先 長岡市与板支所産業課
問い合わせ先電話番号 0258-72-3100