続日本100名城

かねやまじょう

金山城

岐阜県可児市

別名 : 美濃金山城、兼山城、烏峰城
旧国名 : 美濃

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金山城
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小麦

金山城跡 (2021/06/27 訪問)

金山城跡は兼山と言う所にあります。
本丸までは車でも行けますが、下から登れる道もあります…かなり大変でした。
今の時期は紫陽花が綺麗に咲いています。

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前ちゃん

雨が降る前に (2021/03/16 訪問)

岐阜で泊まり、翌朝雨が降る前に可児市へ

鬼美濃のふるさとです

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牛若丸

麒麟がくるにあやかって (2020/08/28 訪問)

昨年の夏に訪れました。
枡形虎口も残っており、保存状態もよく本丸跡から見る景色がきれいでした。
近くには戦国山城ミュージアムがあり復元模型があるので、こちらを見てから攻城すると分かりやすいです。

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カニカニ

所用にかこつけた城巡り 14城目 (2020/11/24 訪問)

福井から北上しようと思ったが金沢から富山にかけて前線が停滞し雨模様なので南下することに。
小谷城や玄蕃尾城の比高を考えると、いまいち踏み切れない。  どうも疲れてきたようだ。

楽な城はないか、あれこれ考えながら走っているうちに岐阜まで来てしまった。
美濃○○城といえば・・・、どこ?     浮かんだのが美濃金山城だった。

何か所かある駐車場のうち、森蘭丸の産湯の井戸が再建されている蘭丸広場に停めた。
整備された広場には近くの幼稚園児たちが遠足にきて楽しそうに走りまわっている。  
城跡を望む一面には桜の木が植わっており、その季節にはここも満車になりそうだ。
桜を愛でる散策路を登っていくと駐車場となっている出丸の石垣が見えてきた。
この城で一番大きな石垣とのことだが、造られた時代から考えるとかなりのものだ。
織田家にとっての、この地と森家の重要度のほどがうかがえる
散策路を外れ近くに行きたかったが、子供たちの手前そうもいかず遠くから見ることに。

本丸へ向かうにつれ、ほとんどの石垣には破城の痕跡が残っている。
崩落の危険防止や現状保存のためだろうか、ロープで囲っている箇所が多い。
このような箇所は、このまま現状保存をしていくのだろうか?
それともいつかは積み直しをするのだろうか?

本丸への虎口を横目に東腰曲輪へ向かっていて、突然固まった。
イノシシか!!  と一瞬思ったが、なんとニホンカモシカと遭遇した。
写真を撮りつつ見つめ合っていたが、飽きたのかあちらが何事もなかったかのように
地面を食み出したので、そーっと後ずさりしながら本丸へと登る。
しばらく上から写真やら動画を撮ってみたが、動きが小さくて動画はすぐに止めた。
ひととおり本丸を見て引き返してみたら、まだなにか探しながら食べている。

「おーい。 そっちに行きたいのだけど、退いてくれる~。」  と、試しに声をかけてみた。
ちょっとこっちを見上げたけど、すぐにまたなにやら食べだした。
「あっ、シカト しやがった。」       「ヘヘッ、シカトだって・・」。 と、ひとり笑い。

なので、東腰曲輪は未踏。   しかも、本丸虎口もしっかりと見れていない。

二の丸で下草を刈る作業をしていただいている地元の方にカモシカの事を話すと、
「子供だった?」     「カモシカを見たのは初めてなので大人か子供か、分からない」と私。
「親子で二、三頭 いるのだが、そういえばこの頃は一頭しか見ないなー」 と。

家族がどうなったのか少し気になりながら駐車場に戻り、幼稚園の先生や子供たちに
カモシカがいたことを話すと、やはり知っていた。
この辺りでは有名人(?)みたいだ。

破却痕の残る戦国後期の山城であり、野生のカモシカにも遇えるこの城は、お勧めです。

存在を知らなかったので私は行っていませんが、麓の街中に【戦国山城ミュージアム】や
【観光交流館】いう施設があるようです。

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城郭情報

城地種類 山城
築城年代 天文6年(1537)
築城者 斎藤正義
主要城主 斎藤氏、森氏、石川氏
文化財史跡区分 国史跡(美濃金山城跡)
天守の現況・形態 複合式層塔型[2重2階/築年不明/解体]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、井戸、移築門
住所 岐阜県可児市兼山町古城山
問い合わせ先 可児市文化財課
問い合わせ先電話番号 0574-62-1111