続日本100名城

みのかねやまじょう

美濃金山城

岐阜県可児市

別名 : 烏峰城(うほうじょう)

投稿する
美濃金山城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

カルビン

雨天決行 (2019/01/20 訪問)

新横浜駅6:00発の始発のひかり号広島行に乗って一路名古屋へ(京都まではこれが一番早いので・・・更に自由席でも開いてますし)
そこから名鉄線の新可児行⇒御嵩行きと乗り換えて明智駅へ。
王道ルートでYAOバスに乗って(電車からの乗り換え時間2分でちょっと焦ったw)城戸坂バス停で降りるとすぐに大手側の登城ルートに繋がります。。。が、道に自信のない方はもう1つ先のバス停で降りて、可児市観光交流館と戦国山城ミュージアムを先に訪問されると良いでしょう(登城ルートを教えて頂けます)

この日曇りと聞いていたのに、あいにくの雨の為に傘差しながらの攻略に・・・間違い無く登城日和。。。なわけあるか~い!(怒)

が、ここ美濃金山城、今まで登った山城の中でも3本指に入る安全設定で。。。ちょっと悪路であれば立ち入り禁止になっていて、登城道は広く、登りも然程急では無く・・・
こんな悪条件にも関わらず、かつ高い所が苦手な自分にとっても、ほとんど恐怖を感じず本丸まで行く事が出来ました。

織田信長のお気に入り・森蘭丸の誕生地は、戦国時代には難攻だったのでしょうが、現在はお城ファンに優しい山城になっていましたw

しかし、金山城で雲海見れるんじゃね?ってくらいこの日霧が濃かったです。。。本丸で城碑が見れなくなるくらいでした。
(観光交流館では「登るんですか?」って二度聞きされましたし(笑))


遺構としては石垣メインの物が多かったです(水の手への道は立ち入り禁止になってました)

本丸から搦手の方に行けば自然遺構も見られたかもしれませんが、流石にこちらは道細く急坂だったので、条件悪いこの日は降りるのは止めておきましたよ。


戻ってきて可成寺で森一族のお墓拝見しようとしたら・・・崖崩れ防止工事期間中の為に墓域には入れませんでした。
訪問予定されている方はご注意下さい。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

SIN

続日本100名城 No.143 美濃金山城 (2019/01/12 訪問)

岐阜県可児市にある美濃金山城に来ましたε=(ノ・∀・)ツ
公共交通機関を使ってだと不便な場所になってしまうかと…。(最寄り駅から歩くと1時間はかかりそう)、車で出丸跡まで行きましたが細い道を走るのでご注意を⚠️(>_<)
あの有名な森蘭丸も一時期城主になったみたいです( ゜o゜)

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

破城の痕跡 (2018/10/08 訪問)

単に放棄され年月の経過により…ではなく、
意図的に破壊された石垣などの痕跡が随所に残っており、
なかなか見応えがありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

王道で攻めた。 (2018/09/24 訪問)

駅に降り立った数人が揃ってバス停に向かい、停車しているバスに静かに乗り込む。バスはすぐに発車。地方の山城巡りではよくある光景です。ここでもたもたして乗り遅れると路線バス旅の太川さんや蛭子さんのように延々と歩く羽目になってしまいます。
もちろんみんな同じバス停で降り、先頭のひとりが道を間違えるとみんなで間違える!
ここでは、戦国ミュージアムに向かうはずが左側の階段を降りた建物の方にみんなで流れて行ってしまいましたが、それもまたいい思い出。すぐに修正できたし。
ひがしみの山城めぐりの最後。昨年のお城EXPOのブースでお話を聞いたり資料やクリアファイルをたくさんいただいたりしていつか制覇したいなと思っていた願いが叶い、ひとつ大人になった気分です(←盛り盛り)
破城の痕跡が随所に見られ、破壊された石があちこちに転がっていたり、裏込石(多分)が無造作に積んであったりする中でも、虎口や建物跡の礎石はしっかりと残っていて、中でも天守台の隅石がしっかりと残っていたのは感動でした。
大手から入り、搦手から抜けたのですが、うらじろの小径も雰囲気があってよかったです。米倉跡を通って抜けた先にやたら大きな土塁状の盛り土があったのですが、これは後世のものですね、きっと。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 天文6年(1537)
築城者 斎藤妙春
主要城主 森氏
文化財史跡区分 国指定史跡
主な関連施設 可児市戦国山城ミュージアム(平成30年〔2018〕度開館予定)
主な遺構 本丸、二の丸、石垣、土塁、切岸
住所 岐阜県可児市兼山町古城山
問い合わせ先 可児市文化財課