続日本100名城

かねやまじょう

金山城

岐阜県可児市

別名 : 美濃金山城、兼山城、烏峰城
旧国名 : 美濃

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金山城
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T-Shionoya

美濃金山城 崩された石垣と枡形虎口 (2025/12/28 訪問)

昨年12月の最終週に訪れた1つ目の城が岐阜県可児市の美濃金山城。
11月のイベント「山城に行こう!」の際に中井均先生や加藤理文先生の解説を聴きながら歩いた城を、今回はじっくり探索。

可児盆地北東の比高約170mの山上に築かれた城で、北西麓を流れる木曽川には兼山湊を有し、南には東山道が通る要衝。

可児・加茂地域で権力を持った斎藤正義が1537年に烏峰城を築城し、1565年に織田信長家臣の森可成が金山城に改称。その後、長可、蘭丸、忠政に引き継がれ、改修も行われたことかと。1600年に森氏が信濃へ移り、金山が犬山城主石川氏の領地となると、天守などは犬山城の増改築に使用されたと伝わる。

現在は、左近屋敷跡が立入禁止だが、国指定史跡であり続100名城である城跡。

訪問時は中腹の蘭丸広場からスタートし、出丸を経て三の丸や二の丸の周囲をよく見れば、石垣跡と思われる石列を多々確認可能。堀の類はないが、通路の所々は斜面を横断する細いもので、敵の侵入を防ぎやすくしているのでしょう。

「山城に行こう!」での解説によれば、南腰曲輪への枡形虎口西側の石垣は、近代に積み直されているのだとか。また本丸虎口の枡形は正面の石垣直下に礎石があり、懸け造りの建物があったと推定されるとのこと。

戦国山城ミュージアムは休館日だったものの、入口前には金山城のものと伝わる城門を展示。
名護屋城ほどではないが、破城による石垣崩しの姿を残す、私の城郭巡りの220城目でした。

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主に石垣など  (2026/02/23 訪問)

 石垣が多く遺っている城址で、石垣を中心に投稿します。
 当時城主であった森忠政は関ヶ原の戦い直前に徳川家康の命で海津城に移封されました。美濃金山城は石川光吉の領有となります。慶長6年(1601)には天守や諸櫓を一切取り壊し木曽川を下って犬山城の増築・修復に使用されたという「金山越」の伝承があります。天守台の一部が残っていますが、この上に犬山城の天守閣のような建築物があったということでしょうか。在りし日の姿を見てみたいものです。

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主に曲輪など (2026/02/23 訪問)

 1年と少しぶりに登城して来ました。
天文6年(1537)斎藤正義(妙春)が築城したと伝えられている城址です。永禄8年(1565)織田信長の家臣森可成が入城し、慶長5年(1600)まで森氏の居城でした。本丸を中心に各曲輪が残っていて野面積の石垣も各所に見ることができ楽しく散策できます。登城路は整備されていますが、立入禁止になっている水の手曲輪方面への道を整備していただけないかなと願っています。左近屋敷へは行くことはできますが、案内図では×印がついていたので散策は遠慮しました。昔、行ったことがあり入口は未整備ですが、行こうと思えば行けると思います。石垣が少しありましたね。
この日は雨上がりで、ときどき陽の光は届くことはありましたが概ね曇っていました。

 名鉄明智駅からYAOバスに乗り城戸坂バス停下車、徒歩約5分で大手道の登城口に行きことができます。

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ジェイド

景色がすばらしい (2024/10/31 訪問)

出丸駐車場に車を停めましたが、道が狭いので対向車に会わないかどうかドキドキでした。 駐車場から本丸まではずっと登り道ですが、10分強で到着しますのでぜひ登って下さい。素晴らしい景色が堪能できます。

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城郭情報

城地種類 山城
築城年代 天文6年(1537)
築城者 斎藤正義
主要城主 斎藤氏、森氏、石川氏
文化財史跡区分 国史跡(美濃金山城跡)
天守の現況・形態 複合式層塔型[2重2階/築年不明/解体]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、井戸、移築門
住所 岐阜県可児市兼山町古城山
問い合わせ先 可児市文化財課
問い合わせ先電話番号 0574-62-1111