つるいじょう

鶴居城

兵庫県神崎郡

別名 : 稲荷山城
旧国名 : 播磨

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征31日目:鶴居城(稲荷山城) (2026/06/10 訪問)

鶴居バス停から徒歩15分くらいで、鶴居城登城口(35.024355、134.746130)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、明徳年間(1390年〜1394年)頃に赤松則村(円心)の孫の永良則綱によって築かれたと云われています。
則綱の孫である3代・彦太郎泰秀が拾一城(豊地城)に居城を移したのちも城代を置いて維持されていました。
しかし、1441年(嘉吉元年)に起きた「嘉吉の乱」で落城し、赤松氏は但馬の山名持豊に攻め込まれ、山名氏の支配下に置かれました。
その後、赤松政則は応仁の乱(1467年~1478年)中に失地を回復、1488年(長享2年)に播磨を奪回すると、家臣の広瀬近江守親茂・雅親父子が城主をつとめました。
稲荷山城の城主となった広瀬近江守雅親は、谷城主も兼ねていましたが、1560年(永禄3年)に討死したと云われています。
同じく谷城は、永禄の頃戦火ににかかり焼失廃城となり、両城とも同じ運命を辿ったと考えられています。

現在は登山道が整備されています。
神崎総合病院バス停から鶴居バス停に向かうバスがなく、バス待ちになったこと&兵庫県市川町コミュニティバスの経路が逆で到着に時間を要しました。
その為、当初は登城する予定でしたが、登城してしまうと電車に間に合わず、本日最終攻城予定の置塩城に行けなくなることを考えて登城口で撤退しました。
鶴居城と置塩城を天秤にかけて置塩城を優先しました。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=恒屋城を攻城する為、鶴居駅からJR播但線を利用して溝口駅に向かいました。
少し慌てていた為、前回(一年前の東海関西遠征)と今回(中国地方と兵庫県遠征)の31日目までを共にした戦友の杖を鶴居駅に忘れてしまいました。

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永良三郎則綱 (2025/04/24 訪問)

 南北朝後半、赤松円心の孫永良三郎則綱が築いたと伝わる城です。標高433mの稲荷山にあり、頂部に主郭を置き南側に曲輪を展開させ、北側は南に比べると尾根が細く堀切で防御している縄張りです。曲輪跡、石積み、堀切などが残っていました。山城賛歌さんのHPの縄張り図では主郭東側に「幅10m、高さ1mにわたる残存石垣跡、最大見所」の記載がありました。行こうとしましたが、倒木(伐採した木?)が折り重なっていて近づけません。場所は間違っていないと思うのですが、少し残念でした。ぴーかるさんの投稿を見て北尾根には行けないかと思っていましたが、通路が整備されていました。北尾根には堀切が2カ所確認できます。主郭の虎口手前の石積みの中に布袋さん?がいました。

 JR鶴居駅から徒歩10分くらいで登城口に行くことができます。登山道は歩きにくい所もありますが、トラロープ等もあり助かりました。主郭まで100mおきに標識があり迷うことなく主郭へ行くことができます。

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ぴーかる

鶴居城 (2021/11/21 訪問)

【鶴居城】
<駐車場他>登城口<35.024355, 134.746130>にある墓地に駐車可能
<交通手段>車

<見所>眺望
<感想>北はりま攻城の旅、ラスト8城目。鶴居城は別名稲荷山城とも呼ばれ、南北朝時代に赤松円心の孫・永良三郎則綱が築城しました。山名氏との攻防の城ともなったようです。添付写真の登城口のゲートを開けて中に入り1000mの登山です。800mくらいまでは遺構は見られずここを過ぎるとようやく尾根上の細い曲輪や僅かに石積み遺構が見られます。主郭は割合広く山は比高が高いので眺望は抜群です。主郭から北側尾根上にも堀切があるようですが、少し鬱蒼としており急斜面で滑り落ちそうなので断念しました。登山の頑張り度から言えば見れる遺構の数は少ないです。

<満足度>◆◆◇

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急斜面に加えて小石の道が攻城を拒む (2019/05/01 訪問)

まこさんの投稿に「途中の山道が砂地のような感じでとてもすべりやすかったので、登られる際は注意して」とあり、注意してたつもりが、下りで激しく転けました。登山道はきついです。城山城址の会の方々が、急な箇所に鎖やロープを張ってくれてました 。

山体は礫を含む凝灰岩。山頂の本丸の整地面にもこぶし大の角ばった石がごろごろ。城域には数ヵ所に石垣が残ります。
遠野物語などで著名な柳田國男の生誕の地が近く、生家や記念館があります。カッパと天狗のからくりがあり、子供に人気です。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 長良則綱
築城年 南北朝時代後期
主な城主 長良氏、山名氏、広瀬氏
遺構 曲輪、石垣、堀切
住所 兵庫県神崎郡市川町鶴居