昨年12月の最終週に訪れた3つ目の城が栃木県栃木市の西方城。
足尾山地東端の比高約140mの丘陵に築かれ、主郭を中心に東西南北に伸びる尾根上に曲輪を配置した城。
宇都宮氏一族の西方氏による室町中期の築城と推定され、戦国末期には北条方と対峙。
結城秀康および藤田信吉が領有した1590年から1615年の間に廃城になったと考えられています。
現在、西尾根の遺構は失われたものの、他のエリアには良好な堀や土塁が残る国指定史跡の城跡。
訪問時、歩き始めてしばらくすると屈曲した竪堀で城域に到達したことを実感し、その竪堀を登り切ると見事な堡塁が出現。
曲輪Aからは明瞭な堀切が続き、主郭の南側は横矢の掛かる木橋が架かっていたのでしょうか。
曲輪Aと主郭の外側には横矢の掛かるクランク状通路が設置され、東の丸から西へ向かう虎口は枡形を形成。
事前の予想より土塁と堀が鮮明で、城域滞在時間は2時間越え。
多種多様な虎口構造にワクワクさせられた、私の城郭巡りの222城目でした。
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