南北朝期には存在していたようですが、戦国末期には「村上海賊の娘」にも登場する沼間氏の居城でした。文禄2年(1593年)に助松(泉大津市)から移転してきた専稱寺の境内地となり、現在に至っています。
専稱寺は山号を「城蹟山」といい、城跡であることはその名からも明らかですが、境内の方形の区画は平地城館としての形状がほぼそのままに残されており、境内の東南側には堀が見られ、山門付近には標柱と説明柱(?)が設けられています。また、軒丸瓦の「城跡」紋は山号だとわかっていても、ついニヤリとさせられてしまいます。
南海本線・高石駅から徒歩約7分、車なら専稱寺の北東側または南側に参拝者用駐車場があります。
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