三ノ丸の駐輪場に自転車を駐め、二ノ丸を抜け廊下橋を渡って本丸帯郭へ。開場時間に間に合うよう天守に直行しましたが、入場券販売場には開場10分前で20人程度の行列。これなら問題ありません。待つほどもなく天守に入城です。
天守台の塩蔵を抜けて上った天守内は郷土博物館になっており、この日は白虎隊の企画展が開催されていましたが、隊士それぞれの肖像画や遺品には、物語でなく一人ひとりがこの会津に生きていたことを感じ、何とも言えない思いになりました…。
常設展もなかなか充実しており、中でも「会津ゆかりの先人たち」のフロアは、大河ドラマ「八重の桜」で馴染みのある人も多いものの、今まで知らずにいた人もまた多く、藩校日新館の存在を下地として「朝敵」の汚名を雪ぐという強い意志があったからこそ、明治以降これほど各方面で活躍した人が多いのだろうか、などと考えさせられました。
そして、最上階の展望台からは「あの辺りが飯盛山かな」とか、「あの山から新政府軍の砲撃を受けたのか」とか、往時に思いを馳せながらの眺望でした。
さて、天守を下りて、木造復元された南走長屋と干飯櫓を見学して外に出ると、本丸を囲む内堀沿いの石垣の上を歩けるようなので、月見櫓跡、茶壺櫓跡と辿って廊下橋門まで。本丸に下りて、御三階跡や本丸御殿跡を見た後、鉄門から帯郭へ。帯郭では、上杉謙信公仮廟所跡や鐘撞堂、武者走りなどを見て回り、西出丸と北出丸、そして二ノ丸の伏兵郭をそれぞれ一周して、駐輪場に戻りました。
会津若松城は本丸を北出丸、西出丸、二ノ丸の3つの曲輪で守る縄張になっていますが、内堀沿いの石垣の上を歩いていると、随所で向かいの曲輪の様子を見渡すことができ、特に北出丸などは、いたるところから狙い撃つことができる作りになっていることがよくわかります。近代兵器を用いた戊辰戦争においても、開城はしても最後まで落城しなかったというのも納得です。そして、何と言っても赤瓦に葺き替えられた天守は勇壮にして優美。まさに天下の名城ですね。
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