<オススメ>★★☆☆☆
稲付城跡(現在は静勝寺の境内)は、名将・太田道灌が築城した。鎌倉時代から岩淵の宿が、室町時代には関が設けられて街道上の主要地点であった。そのため稲付城は、街道沿いで三方を丘陵に囲まれた土地に、江戸城と岩槻城を中継するための山城として築かれた。道灌の死後、城は孫の資高の居城となり、後北条氏に仕えた。1655年には、道灌の子孫である太田資宗が、静勝寺の堂舎を建立し、道灌とその父資清の法号にちなんで自得山静勝寺と改めた。太田道灌の木像を安置する道灌堂など見どころは多い。
<アクセス>
JR赤羽駅 徒歩10分
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