御勝山古墳は古墳時代中期の5世紀前半に造られたが、慶長19~20年(1614~15)の大坂の陣で徳川方の本陣が置かれたため、著しく墳形が破壊され、いまは後円部が残っているだけである。昭和48年(1973年)の発掘調査で埴輪や葺石が発見された。そして全長約120m、濠を含めると約150mの中規模の前方後円墳であると推定されるにいたった。(案内板より)
後円部と前方部が道路で分断されており、歩道橋から両側が見えます。前方部は普通の公園ですが、石碑「大阪管区気象台跡」と案内板があります。
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